平成の大横綱は誰か?~参考文献~

2019年10月21日作成,2021年9月27日更新

はじめに

平成の大横綱を論じるにあたり,平成の大横綱候補である第65代横綱・貴乃花,第68代横綱・朝青龍,第69代横綱・白鵬に関する文献を収集している。また,横綱について語られている文献についても収集した。これらの文献を参考として,『平成の大横綱は誰か?』について,考察を深めていきたい。

目次

第65代横綱 貴乃花 光司 Takanohana Koji

第 65 代横綱 貴乃花 光司に関する文献は以下のとおり。

貴乃花は右膝にけがを負いながら,武蔵丸との優勝決定戦に進んだ。私は棄権するべきだと考えた。なぜなら,貴乃花が持つ横綱の相撲が取れる体ではなかったからだ。決定戦を制したから世間は納得し,時の小泉首相も感動したと土俵で歓喜した。しかし,捨て身の相撲は横綱の致命傷にもなった。貴乃花が求めたものは,目の前にあった 1 度の優勝であり,これも綱の権威とは別のものだ。

(2021年3月27日,読売新聞,論点スペシャル『横綱の引き際 どう考える』における元アナウンサー 原 和男 氏の話)

平成を彩るアスリートを振り返るとき,大相撲の若貴ブームははずせない。ブームではあったがその強さ,とくに弟の貴乃花の大横綱ぶりは今でも語り継がれる見事さだった。巨漢力士時代に「寄り切り」で勝ち続けたからこそ,真の大横綱だったと,元 NHK アナウンサーの杉山 邦博 氏が「大横綱・貴乃花」について語った。

(2019年4月29日7:00配信,NEWS ポスト セブン,取材・文/鵜飼 克郎,『貴乃花は真の大横綱,巨漢力士時代に「寄り切り」で勝ったから』)

人気大関貴ノ花を父に持つサラブレッド。角界を席巻した大型外国力士と力で渡り合い,若年記録を次々と更新した。空前の相撲ブームの主役となった平成の大横綱

(2019年2月 Number 28,『[名優たちが揃い踏み]勝敗で辿る横綱図鑑』)

やっぱり一番強かったのは貴乃花だったな。

(2019年2月 Number 28,『第 66 代横綱 若乃花,第 67 代横綱 武蔵丸[スペシャル対談]頂きでぶつかり合って見えたもの。』における武蔵川 光偉 氏のコメント)

千代の富士関は硬かったとしたら,貴花田は柔らかいんです。何をやっても吸い込まれてしまいそうな,不思議な感じの柔らかさがあった。まあ,これはあっという間に抜けていくだろうなとは思ってました

(2019年2月 Number 28,『[金星と昭和と平成と]寺尾は見た!伝説の王座交代。』における 錣山 矩幸 氏のコメント)

当時は巨漢のハワイ勢が隆盛を極めていた時代。そこに決して大きくはない日本人力士が一人,戦いを挑んでいったところに多くのファンは喝采していたのです

(2019年4月8日8:00配信,デイリー新潮,『白鵬は「平成の大横綱」にあらず?相撲記者,好角家が選ぶナンバー 1 は』における東京相撲記者クラブ会友の大見 信昭 氏のコメント)

当時,横綱には貴乃花の他に若乃花,曙,武蔵丸がいて,大関には貴ノ浪。魁皇や武双山がなかなか大関に上がれなくて,安芸乃島,琴錦,貴闘力が三役の常連でした。この 3 人だって,現在のレベルから見ればメチャクチャ強いですよ。全体のレベルがあれだけ高かった中で,ガチンコで 22 回も優勝しているのは本当にすごいことです。

(2019年4月8日8:00配信,デイリー新潮,『白鵬は「平成の大横綱」にあらず?相撲記者,好角家が選ぶナンバー 1 は』に登場する角界ジャーナリスト)

今までやってきた中で一番強かったのは貴乃花さん(現・貴乃花親方)ですね。朝青龍関や白鵬関も強いんだけど,彼らは攻める相撲を取るじゃないですか。貴乃花さんは一回,相手を受け止めてから,攻めていましたね。今,思えば立ち合いで張ったりすることもない。

(2016年10月13日,スポーツコミュニケーションズ この人と飲みたい『大島親方(元関脇・旭天鵬)<前編>「一番強かったのは貴乃花」』)

数々の名勝負を繰り広げた,歴史に名をとどめる大横綱でした。

若貴兄弟の時代,小錦や曙,武蔵丸がパワーを前面に押し出したハワイ勢に対抗することは容易ではありませんでした。体重差を克服するために過酷な稽古を重ね,高度な技を磨き,時代を牽引しました。

(2016年6月29日 初版 第一刷,杉山 邦博,『土俵一途に 心に残る名力士たち』)

横綱になるような人物は総じて奇人だと言われますが,貴乃花を見ていると否定できません。あの求道する純粋さは,ほとんど常軌を逸しているのではないかと思えるほどで,そうでなかったら長年にわたるガチンコ勝負などやっていけなかったでしょう。

(2011年9月16日 武田 頼政著,『大相撲改革論』(廣済堂新書))

今後も不撓不屈の精神で,力士として不惜身命を貫く所存でございます

1994年11月,横綱昇進口上

第68代横綱 朝青龍 明徳 Asashoryu Akinori

第68代横綱 朝青龍 明徳に関する文献は以下のとおり。

スピード,パワー,多彩な技を備えたスタイルと,抜群の集中力,勝負勘。圧倒的な強さを発揮したモンゴル出身力士初の横綱は,奔放豪快な言動でも世間を騒がせた

(2019年2月 Number 28,『[名優たちが揃い踏み]勝敗で辿る横綱図鑑』)

持ち味は気迫とスピード。朝青龍が苦手にしていた元大関・栃東の玉ノ井親方は,多くの横綱と対戦の経験を持ち,朝青龍の強さも肌で知る一人だ。

「あさの足腰のバネは誰も持っていないもの。簡単には引き下がらない圧力もものすごかった。見てわかると思うけど気迫も普通の力士とは違う。仕切るたびに気迫が高まって最後はボルテージマックス。大抵の力士はあの気迫に負けていたと思うよ」

千代の富士の筋骨隆々の頑強さ,貴乃花の右四つの剛健さ,白鵬の柔らかさとも違う。それが朝青龍の個性だった。

(2019年2月 Number 28,雨宮 圭吾『[暴れん坊ヒーローの素顔]「横綱相撲ってなんだ?」』)

朝青龍は,自分はとても小心者である,と以前から口にしていた。

小心者であるから,自分を打ち負かす可能性を持った力士が現れたら,その可能性が実現する前に,自分の怖さ(強さ)をその力士に見せつける(朝青龍は天才としか言いようのない身体能力を持っているのに一方でそのように小心である所が魅力的だった――だからその朝青龍を八百長と批判していた武田某には一体朝青龍の相撲を本当に見たことがあるのかと言ってやりたかった)。

(2012年5月1日発行,PHP新書,坪内 祐三『大相撲新世紀 2005 - 2011』)

朝青龍が一番強かったのは大関の時だったというのは相撲界の常識です。その頃までは稽古をよくやっていたし,本場所の土俵上での運動量も豊富でした。そんな時でも,ヒザを痛めていた貴乃花に勝てなかった。

(2011年9月16日 武田 頼政著,『大相撲改革論』(廣済堂新書))

並外れた運動神経。カミソリのような鋭いスピード。決まり手は現役最多の 42 手。土俵で繰り出す攻撃は,これまでの横綱像を覆す新しさがあった。従来の横綱の強さとは受けのすごさだった。代表は大鵬,北の湖,貴乃花。大関以下の力士が全身全霊を込めた攻めを真っ向から受け止めたうえで倒す。それが理想的な横綱像と言われてきた。ところが,朝青龍は違った。攻めて攻めて攻めまくった。下位の力士の技でも受けることなどせず遠慮と妥協なき攻撃に徹した。時にダメ押しなどで物議を醸し出すこともあったが,攻めの凄まじさが新しい魅力だった。攻めを支えた源は何か。私は,旺盛な闘争心だと確信している。

(ENJOY MAX 2010年4月号増刊,スポーツ報知 相撲担当キャップ 福留 崇広『強さの源泉は何か!?』)

「僕が知る限り一番強い横綱ですね。もちろん白鵬さんも強いけど,技やモチベーションはずっと上だと思います。体さばきなんか誰も合わせられない早さですよ」

そう語るのは朝青龍とも対戦経験のある現役力士の A。数々の騒動を巻き起こして土俵を去った横綱・朝青龍。その本当の強さは,やはり肌を合わせた人間でないと分からない。あのスピード,あの迫力。見ごたえのある一番一番は,大横綱と呼ぶに相応しい説得力があった。

(ENJOY MAX 2010年4月号増刊,山崎 トオル(ライター)『現役力士が証言する「大横綱朝青龍の強さ」』)

朝青龍は,その性格を変える必要はないと思っています。(中略)あの気性の激しさと人並みはずれた負けん気の強さが,相撲という勝負の世界でひとつの原動力となり,力士としての個性となっています。「小さく,おとなしくなれ」という必要はないのです。

(2008年7月,文春新書,高砂 浦五郎,『親方はつらいよ』)

これからはなお一層稽古に精進し,横綱として相撲道発展のために一生懸命頑張ります

2003年1月,横綱昇進口上

第69代横綱 白鵬 翔 Hakuho Sho

第69代横綱 白鵬 翔に関する文献は以下のとおり。

「孤高の力士だった。強ければいいだろう,という『後付けの相撲観』がオールドファンには受け入れられなかった。もっと如才なく振る舞えばいいのに,と思ったが,それができないのが白鵬だった」

「千代の富士は貴乃花(当時は貴花田)に負けて引退を決意したように,通常,誰かが『引導』を渡すもの。全勝優勝のまま引退する伝説の力士として,語り継がれるだろう」

2021年9月27日16時45分,朝日新聞『「悲劇の横綱」最多優勝もファンの評価は二分 やくみつるさん』
45 回目の優勝を遂げた2021年7月場所翌日の横綱審議委員会
  • 45 回優勝は大横綱の名に値する成績であるが,今後の相撲ぶりなどを通して,後に名横綱と言われる存在になってほしい(矢野 弘典 委員長)
  • 一人の大相撲力士として,伝統を守る姿であってほしい(山内 昌之 委員)
  • いい意味でも悪い意味でも,技を工夫している(都倉 俊一 委員)
  • 記録的には歴代ナンバー 1 で大横綱なのですから,それをきちっと評価されるように,もう一度初心に返り,横綱の地位とはどういうものなのか考えてほしい(丹呉 泰健 委員)

何よりも全勝優勝にかける執念は恐ろしいほどであった。昔はやった言葉に「ほとんど病気」というのを覚えていますわ。白鵬がまさにそれです。どんなに非難されようが、勝つだけが相撲ではないと言われ続けて久しいが、直す気は全くないだろう。若い時は、尊敬する双葉山関や大鵬関に「少しでも近づこう」「ああなりたい」と思った時もあったと思う。しかし、今はすべての記録を破る事しかない。誰の忠告も通じないだろう。

それが白鵬の生き方だから仕方がない。しかし、これだけは言っておこう。今場所は2大関の休場や、日本人力士のふがいなさにずいぶんと助けられての優勝である。今場所の相撲が今後も通じるとは思わないほうが良い。

2021年7月19日5時00分,東京中日スポーツ『【北の富士コラム】誰の忠告も通じない白鵬、それが生き方だから仕方がない しかし、これだけは言っておこう』

私は、今までは白鵬の理解者と自負してきたが、この日を限りでやめることにした。人が何と批判しても、彼の相撲界に尽くした貢献度は、今まで3人いる一代年寄よりはるかに上と思ってきた。時には非常識な言動で問題を起こしても、文化の違いを理由に大目に見てきたが、この相撲ばかりは理解できないし、愛想が尽きた。

2021年7月18日5時00分,東京中日スポーツ『【北の富士コラム】白鵬には愛想が尽きた…44回も優勝してもまだあのような汚い手段で優勝したいのか』

手術[1]をしたら次の場所は通常出られません。でも白鵬には先にも書いた,我々には想像し難い強い信念があります。手術をした先にもっと強くなる,もっと勝ちたいから手術する。そこには,彼独自の横綱像があって,10勝5敗で勝ち越していれば良いではない。出るからには優勝しなければならない。それも全勝優勝でなければならない。常に誰よりも強くいなければ,横綱でいる権利と価値がないと思っている。だから怖い手術も決断するんです。

(2021年3月27日,横綱の主治医・杉本 和隆,『手術を即断。横綱・白鵬の知られざる苦悩』)

  1. 2015年10月,右足の親指の腱と靭帯が切れていたときの手術。

大相撲が存亡の機に見舞われたのは十数年前だ。薬物(大麻)や八百長の問題が噴出し,国民の多くがうんざりした。それを一人で背負ったのが白鵬。上気した肌が桜色に染まる綺麗なお相撲さん。多くの日本人はモンゴルからやってきたこの青年に感謝した。

その白鵬も綱を張って 10 年を超えた。さすがに右四つ,左上手まわしを引く横綱相撲は陰り,ここ数年は相手の顔に肘打ちを見舞うような,乱暴な勝ち方が増えた。人気者の遠藤にも見舞ったのだから,「そりゃあ,悪口も言われるよ」とは思う。しかし,明らかなルール違反ならそもかく,白鵬は荒技でも必死に土俵を務めてきた。晩節に差し掛かった横綱を最後まで見届けて,「ご苦労さまでした」とねぎらうのが相撲ファンというものだろう。

(2021年3月27日,読売新聞,論点スペシャル『横綱の引き際 どう考える』における目白大教授 胎中 千鶴 氏の話)

白鵬と鶴竜は,とうに引き際を逸していると思うから今更,両横綱の進退については関心はない。ただ,大相撲が忘れかけている横綱の権威については,話しておきたい。

(中略)

白鵬と鶴竜の休場は,権威を守るためではなく,地位と権威の利用にすぎない。白鵬の優勝 44 回は記録だが,数字をもって権威と呼ぶのは当たらない。

(2021年3月27日,読売新聞,論点スペシャル『横綱の引き際 どう考える』における元アナウンサー 原 和男 氏の話)

8 割を超える勝率を誇り,優勝回数をはじめとし,数々の記録を塗り替えてきた白鵬。これまで重ねてきた記録をみれば,白鵬に「平成の大横綱」の称号を与えることに異論はないだろう。

(中略)

前人未踏の幕内優勝回数を誇り,白鵬がこれまでに塗り替えてきた様々な記録は,平成だけではなく歴代横綱の中でも群を抜く。その一方で土俵上の振る舞いや取り口に関して,品格を問われることが多い横綱でもある。

(2019年12月15日,『「平成最強横綱」は白鵬なのか?曙,貴乃花,朝青龍…名力士と比較した』)

(2019年十一月場所 12 日目の遠藤戦の立ち合いで,荒々しいかち上げを繰り出したことについて)「横綱の振る舞いとして見苦しい」という意見がほとんど全員から出た。そういうことをしなくても勝ってほしい気持ち。「名横綱」と後世に言われるようになってほしい

(2019年11月25日 横綱審議委員会 定期会合後,矢野 弘典委員長の記者会見)

(白鵬は)相撲愛のすごい人。相撲をやっている子どものために『白鵬杯』を毎年開催している。あの規模でやってしまう人はいない。相撲愛がないとできない。相撲界がもっと良くなるように,僕らも力を合わせていきたい

(2019年9月3日,琴奨菊)

「これから何年相撲を取れるか分からないけど新しい時代も頑張りたい」。すでに多くの記録を築いた上での「細く長く」という残りの土俵人生。横綱在位をはじめ,誰も追いつけない領域に入ろうとしている。

(2019年5月1日16:08配信 日刊スポーツ,高田 文太『白鵬,令和初の綱に「ヨシッと」身も心も引き締めた』)

キャリアと共に才能が開花し,横綱昇進後は無敵の強さを発揮。速さ,上手さ,憎いまでの強さで相撲界に君臨している。優勝回数,勝利数など 1 位記録は未だ更新中

(2019年2月 Number 28,『[名優たちが揃い踏み]勝敗で辿る横綱図鑑』)

白鵬の手が届いていない歴代 1 位の記録は,もはや双葉山の 69 連勝だけと言っても過言ではない。あの 1 敗の悔しさ。澱のようにたまって消えることはない。

(2019年2月 Number 28,朝田 武蔵『[運命のライバルを語る]二敗の戒め。――― 負けて覚える相撲かな』)

ある力士がこう言っていました。“今は全体的にレベルが落ちている。若貴時代に白鵬がいたら,10 回優勝できたか分からない”。つまり,白鵬は『鳥なき里のコウモリ』ということ。実際,“若貴時代は現在よりレベルが高かった”というのは関係者の一致した見方です

(2019年4月8日8:00配信,デイリー新潮,『白鵬は「平成の大横綱」にあらず?相撲記者,好角家が選ぶナンバー 1 は』に登場する角界ジャーナリスト)

「現役力士で一番稽古しているのは自分」。白鵬はそう言い切る。往年の勢いこそ衰えたが,けがと付き合いながら鍛錬を怠らなかった横綱が幕内 1000 勝を,41 度目の優勝という最高の形で成し遂げた。

(中略)

多くの記録のトップに名前が載り,記録を更新し続ける。そんな大横綱が見据えるものは何なのか。支度部屋で一息ついた白鵬は,「めざせ 1001 勝」。一番一番,相撲の基本通りだ。

(2018年9月23日,読売新聞 やぐら太鼓,小高 広樹)

「白鵬は反応のよさがすごい。普通は年齢とともに衰えるものだが,維持するのは不断の努力のおかげでしょう。(1000 勝は)たいしたものだ」

(2018年9月23日,読売新聞,八角理事長(元横綱 北勝海)インタビュー)

攻め込まれた時の粘りがなくなっている。以前は相手に食いつかれても盛り返していたのに,そこまでの力がなくなった

(2018年6月6日21時00分,週刊実話,『白鵬時代「終わった?」夏場所の取り口で見えた“栄枯盛衰”の必定』)

人間というものは,長くトップにいると,「俺でなければ」と増長する人と,頭を垂れる人に分かれる。白鵬は「俺がルール」になってしまったのかな。禁じ手すれすれの技で40度の優勝には価値を見ない。それを許した周りも悪いが,白鵬は独善的に過ぎる。

(2017年12月2日,読売新聞,スポーツ面,『落ちた品格 3,独りよがり 白鵬の暴走』における,前 横綱審議委員長 守屋 秀繁)

白鵬は強い。

その気になれば,まだだれにも負けないという自負を感じます。

(2016年6月29日 初版 第一刷,杉山 邦博,『土俵一途に 心に残る名力士たち』)

歴代の大横綱は「強さ」と「安定感」と,そして「自分の型」を持っていました。白鵬はすでに「右四つ」という必勝スタイルを確立し,この型に持ち込めば,もはや敵なしといった取り口で角界の頂点に君臨しています。

左で上手を浅く取り,右を差して,かいなを返す「右四つ」だけでなく,じつは「左四つ」でも相撲がとれます。それでも必勝スタイルの「右四つ」にこだわるというところに,彼の良さがあるのです。左四つになられて上手を取られると不利になりますが,右の脇が固いのです。本気になって相撲を取ったら,変な負け方はしません。

積極的な攻めの姿勢や守勢に回ったときの身のこなし,粘り強さ,力強さ,卓越した反射神経など,攻守両方を兼ね備えた大横綱。

その「安定感」は非常に高い学習能力に加え,出稽古によって磨かれました。

(2016年6月29日 初版 第一刷,杉山 邦博,『土俵一途に 心に残る名力士たち』)

白鵬は,勝ち負けに対する意識が非常に強いと私は感じる。記録という数字に対して,強いこだわりがあるのだと思う。それが数々の偉大な記録につながってきたのであろうが,勝負や数字に対するこだわりのために,立ち合いの駆け引きが目立ち,ときとしてダメ押しをしてしまう。常々素行の悪さを指摘されていた朝青龍が,事実上追放されたことは,白鵬の記録へのこだわりを生んだきっかけではないか。その傾向は,朝青龍の優勝回数に近づいたころから目立つようになった。記録で目にものを見せて,例外の存在を認める世論の盛り上がりを期待してきたのだと私は思う。

(2015年3月20日,毎日新聞『論点:大相撲の親方と日本国籍』)

白鵬の相撲は,強いというよりも,単に負けない相撲のように思えた。いわゆる華というものをあまり感じなかった(その点で,少年時代にいだいた大鵬への印象と似ている――私は断然柏戸派だった)。

(2012年5月1日発行,PHP新書,坪内 祐三『大相撲新世紀 2005 - 2011』)

・・・白鵬は,精通していると分かれば筆者のような一記者にも謙虚に尋ねてくる。こうした研究熱心な姿勢が,白鵬を大力士へ成長させた原動力なのは間違いない

(中央公論2011年1月号,長山 聡『白鵬 69 連勝挫折は必然だったのか』)

大相撲の世界で大切なことを「心・技・体」という。この 3 つが高い次元でバランスがとれてこそ,名実ともに相撲史に残る大横綱となれる。これまでの道のりよりもはるかに険しいが,今の探究心さえ持ち続ければ,おのずと道は開けてくる。

(2009年,宮城野部屋親方 熊ヶ谷 誠志,『白鵬「山」を越える男』)

横綱の地位をけがさぬよう精神一倒を貫き,相撲道に精進いたします

2007年5月,横綱昇進口上

横綱

横綱について言及されている文献を以下に示す。

横綱審議委員会規則の横綱推薦の内規 第5条

横綱が次の各項に該当する場合は,横綱審議委員会はその横綱の実態をよく調査して,出席委員の 3 分の 2 以上の決議により,激励・注意・引退勧告等をなす。

  1. 休場の多い場合。ただし,休場が連続する時でも,そのけが・病気の内容によっては,審議の上,再起の可能を認めて治療に専念させることがある。
  2. 横綱としての体面を汚す場合。
  3. 横綱として非常に不成績であり,その位に堪えないと認めた場合。
横綱の品格基準
  1. 相撲に精進する気迫
  2. 地位に対する責任感
  3. 社会に対する責任感
  4. 常識ある生活態度
  5. その他横綱として求められる事項
(日本相撲協会)

横綱はいうまでもなく力士の格付けの最上位である。

「横綱」というのは白い布で編んだ太いしめ飾り縄のことで,かつて,相撲司家である吉田司家から締めることを許された,当時の最高位だった大関の中で横綱土俵入りを許可された力士のことだった。

本来,横綱は大関の中で品格や力量や技の最も優れた力士を指したもので,力士の階級ではなかった。

(中略)

番付表に初めて横綱と明記されたのは 1890 年(明治 23 年)の西ノ海だった。さらに,横綱が最高位として明文化されたのは 1909 年(明治 42 年)。

横綱になった力士は特別なことがある以外は半永久的にその地位に就き,引退することによってその地位を返上する制度がある。

(『相撲道とは何か』,監修者 大鵬(納谷 幸喜),KK ロングセラーズ)

実は「大横綱」は,もともと[オー]と読まれていたようだ。『子どものための日本美術家物語』(栗原登著・昭 5)に「大横綱(おおよこづな)谷風との力くらべ」とある。

(中略)

当初「大横綱」は使われず,天下に並ぶ者のないことをいう「日下開山(ひのしたかいさん)」や「大力士(だいりきし)」「大剛(だいごう)」という語が使われた。「大横綱」は,昭和に入ってから使われ始め,昭和 30 年代に定着した。ちょうど大鵬の横綱時代前後のことだ。

(中略)

「大横綱」の「大」は「偉大な」という意味だ。どういう人が「大横綱」なのか,明確に決まっていない。しかし,「大横綱」と呼ばれる常陸山,双葉山,大鵬は,強いだけでなく,相撲界の精神的支えになるような度量があると言われた横綱だ。そこが「大横綱」の「大」につながる。

(『「大」相撲の「大」横綱』,山下 洋子,放送研究と調査 FEBRUARY 2017)

横綱審議委員会における横綱推挙基準は以下の 3 項である。

品格,力量が抜群であること。

大関で 2 場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする。

また,連続優勝に準ずる好成績を上げた力士を推薦することができるとある。

いずれも出席委員の 3 分の 2 以上の多数決によって決議すると内規で定めている。

(『相撲道とは何か』,監修者 大鵬(納谷 幸喜),KK ロングセラーズ)

平成の時代に誕生し,それぞれ歴史に名を残したこの 3 横綱。間もなく到来する令和時代にも,彼らのような傑物が 1 人でも多く出てきてくれることを願いたい。

(2017年4月29日,柴田 雅人,『3 人合わせて V89 平成の大相撲を代表する 3 大横綱』)

“平成の大横綱”と呼ぶにふさわらしいのは誰か。スポーツ評論家の玉木正之氏,東京相撲記者クラブ会友の大見伸昭氏,相撲ジャーナリストの中沢潔氏,漫画家のやくみつる氏,ベテラン相撲記者,角界ジャーナリストの 6 人の投票結果は掲載表のとおりである。

表 識者が選ぶ「平成の大横綱」(抜粋)
順位 横綱 獲得票数
1 位 第 65 代横綱 貴乃花 3 票獲得
2 位 第 72 代横綱 稀勢の里 2 票獲得
3 位 第 67 代横綱 武蔵丸 1 票獲得
(2019年4月9日,デイリー新潮,『「朝青龍」という存在感,「稀勢の里」の美 識者が選ぶ「平成の大横綱」は誰だ』)
やくみつるの歴代横綱ベスト5

1位 大鵬,2位 貴乃花,3位 北の湖,4位 輪島,5位 玉の海

花田虎上の歴代横綱ベスト5

1位 双葉山,2位 大鵬 北の湖 貴乃花,5位 大乃国

(2017年4月9日,Smart FLASH エンタメ・アイドル,『やくみつる VS. 花田虎上「日本最強の横綱」を決める』)

私が 60 年以上大相撲を見てきた中で,「だれが一番強い横綱でしたか」とよく聞かれます。

神がかり的に強いと語り継がれている横綱として双葉山がいますが,私はリアルタイムで見ていませんので,なんとも言えません。

「双葉山は別格にして」では,やはり大鵬でしょう。その次は北の湖です。最強が大鵬というのは,もう間違いありません。大鵬は守りと攻めを兼ね備えた横綱でした。

(2016年6月29日 初版 第一刷,杉山 邦博,『土俵一途に 心に残る名力士たち』)

歴代でだれが一番強いかと問われれば,負けないことも含め,大鵬でしょう。

しかし,目の当たりにした取組から受けた強さでは北の湖の圧勝する姿が上です。強さという響きだけで言えば,大鵬よりも北の湖が一番と見ています。

(2016年6月29日 初版 第一刷,杉山 邦博,『土俵一途に 心に残る名力士たち』)
大横綱

大相撲の番付で最高位の階級にある横綱の中でも,史上稀に見る活躍をした者に与えられる呼び名。番付の階級ではないため,明確な選定機関や基準はないが,幕内最高優勝回数や連勝記録,勝率が際立って高いことが求められる。加えて,土俵内外での態度や品格を評価の対象とする場合も多い。昭和の大横綱は双葉山,大鵬,北の湖,千代の富士,平成の大横綱は貴乃花,白鵬とする評価が一般的。

知恵蔵 mini 2013/3/26
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