瞬時値解析

2019年1月作成,2023年6月3日更新

瞬時値解析

瞬時値と実効値

正弦波交流電圧を例として,瞬時値と実効値について説明する。下図のような波形を持つ電圧 $v$ は数学的に

\[ v=V_\text{m} \sin(\omega t - \theta) \]

で表すことができる。$v$ は任意の時刻における電圧を表しているから,これをその電圧の瞬時値(instantaneous value)と呼ぶ。$V_\text{m}$ は電圧の最大の値を表しているから,これを最大値(maximum value)または振幅(amplitude)と呼ぶ。

正弦波交流電圧の大きさを表すには,最大値のほかに,実効値がよく用いられる。実効値(effective value)は瞬時値の 2 乗の平方根をいう。正弦波交流電圧の実効値を $|V|$ とすれば,

\[ |V|=V_\text{m}\sqrt{\frac{1}{T}\int^T_0{\sin^2(\omega t - \theta)}\text{d}t}=\frac{V_\text{m}}{2} \]

となる。波形のいかんにかかわらず交流電圧の大きさは,ここに 2 乗の平均値の平方根から定義した実効値を表すのが普通である。正弦波電圧の瞬時値 $v$ は,一般的には

\[ v = \sqrt{2}|V|\sin(\omega t - \theta) \]

として表される。

正弦波交流電圧
正弦波交流電圧

上図の正弦波交流電圧の大きさ(実効値)は 100 V,周波数は 50 Hz である。

瞬時値解析と実効値解析

瞬時値解析(electromagnetic transient analysis)は実効値解析とよく対比される。それぞれの特徴と適用例を次表にまとめる。

表 瞬時値と実効値解析の比較
解析対象 特徴 適用例
実効値解析 電力系統内における電圧,電流の実効値の過渡的時間変化を計算 過渡安定度解析(※)
瞬時値解析 電力系統内における電圧,電流の時間変化を瞬時値レベルで計算 サージ解析,高周波計算,瞬時電圧低下,突入電流,異常共振現象 など
※過渡安定度解析は transient stability analysis と呼ばれている。

瞬時値解析には,EMTP(Electro-Magnetic Transients Program)やXTAP(eXpandable Transient Analysis Program)などの汎用回路解析ソフトが用いられる。これらのプログラムは,電力系統を電気回路で模擬して,回路方程式を解いていくことで,電力系統の各部で発生する瞬時値を計算することができる。

EMTP とは

EMTP(Electro-Magnetic Transients Program)の略で電力系統の瞬時値解析に標準的に用いられているプログラム。

XTAP とは

XTAP (eXpandable Transient Analysis Program) は,電力系統をはじめとする電気回路の過渡現象を波形レベルで解析するプログラム。この種の解析には,これまで海外で開発されたプログラム(EMTP など)が用いられてきたが,XTAP はこの分野初の国産プログラムになる。

次に時間のオーダで,瞬時値解析がどこに位置付けられるか,イメージを以下に示す。瞬時値解析では,ms オーダから μs オーダまで,幅広い時間領域を対象としている。そして,その時間領域には,雷サージ(lightning surge)や開閉サージ(switching surge)の現象も含まれる。

瞬時値解析の位置づけ
瞬時値解析の位置づけ

EMTP

EMTP (Electro-Magnetic Transient Program) は,電力系統の定常,および過渡現象の解析を目的としたプログラムで,1966 年アメリカ政府エネルギー省(当時は内務省)ボンネビル電力庁(BPA)によって開発着手したものである。その後,EMTP の大幅な機能向上に伴い,その汎用性,高精度,またアメリカ政府の公開主義原則によって世界的に利用が広まった。現在では,電力系統だけではなく,一般の電気・電子回路の定常・過渡現象解析ツールとして,世界標準のプログラムとなっている。

EMTP では,計算機による大規模回路網の数値解析に有利な節点解析法が用いられている。また,電気回路網のアドミタンス行列が,対象かつ多数の零要素を含む疎行列(スパース行列)であることから,潮流計算などの周知のスパース処理を施すことで逆行列処理を簡略化し,計算時間を大幅に短縮している。

(参考)過渡現象解析法

過渡現象に限らず,一般に物理現象の解析法としては,以下の 3 種が挙げられる。

  1. 現象を実際に再現することにより解析を行う実験的手法(experimental method)
  2. 現象を表現する微分方程式を解析的に解いて解を求める解析的手法(analytical method)
  3. 現象の微分方程式をコンピュータにより数値的に解く,あるいはその物理的概念に基づき数値シミュレーションにより解析する数値解析法(numerical analysis method)

本ページでは,過渡現象を数値解析法で取り扱うことについて概説する。

(参考)回路解析ソフトの位置づけ

EMTP や XTAP は,電磁界現象を表現するマクスウェル(Maxwell)の方程式において TEM モード(Transverse Electromagnetic Mode)伝搬を仮定して得られる回路定数および回路方程式を基礎とするものである。したがって,TEM モード以外の電磁界現象の解析を厳密に行うことはできない。

(参考)電磁界解析手法の一つである有限差分時間領域法(FDTD 法)の特徴

FDTD とは,Finite Difference Time Domain の略で,FDTD 法は Maxwell 方程式の数値解法の一つである。電力分野におけるサージ解析に Maxwell 方程式の数値解析が適用されるようになったのは 1990 年代になってからである。

FDTD 法の特徴を以下に示す。

  • マクスウェルの方程式を直接時間領域で解く方法である。
  • マクスウェルの方程式(アンペアの法則,ファラデーの法則)を満足するように電磁界変数が各空間離散点に 1 対 1 に対応づけられている。
  • 計算時間ステップを $\Delta t$ として,電界と磁界を $\Delta t/2$ ごとに交互に計算するリープフロッグ演算を行う。
  • 時間領域で結果が得られ,直感的に理解しやすい。
  • 計算アルゴリズムは比較的簡単で理解しやすく,プログラミングが容易,ベクトル計算向きかつ並列計算向きのアルゴリズムであり,高速化が容易である。
  • 短所として,かなりの計算機資源(メモリ容量,CPU の処理時間)が必要である。
FDTD 法における電界と磁界の時間軸上での配置
FDTD 法における電界と磁界の時間軸上での配置
VSTL

VSTL(Virtual Surge Test Lab.)は,電力系統における雷サージ現象などきわめて急峻なサージ解析を目的として,2000 年に電力中央研究所で開発された汎用サージ解析コードであり,計算原理は FDTD 法に基づいている。

回路解析における電気回路の取扱い

回路解析における電気回路の取扱い方法について,概説する。回路は,部品と部品との接続点を示すノード(節点,node)と,ノード間をつなぐ部品(回路素子)を示すブランチ(枝,branch)で構成される。黒丸で示すノード,赤線で囲ったブランチを記載した回路の一例を示す。

電気回路の取扱い
電気回路の取扱い

抵抗,インダクタンス,キャパシタンスのような回路素子は,全てコンダクタンス $G$ と 電流源 $J$(過去の履歴を示す)の並列回路で表現する。それにより,数値解析に適した回路方程式が得られる。

コンダクタンス G と 電流源 J の並列回路
コンダクタンス G と 電流源 J の並列回路

回路素子に流れる電流 $i$ と,回路素子の両端電圧 $v$ には,次式が成り立つ。

\[ i = Gv + J \]

抵抗(resistance)の模擬

加えられた電気エネルギーを蓄積することなく消費する素子を抵抗素子といい,抵抗に流れる電流 $i$ は,加えられた電圧 $v$ に比例するというオームの法則が成り立つ。

\[ v = Ri \]

抵抗の単位は [Ω](オーム),定義は「1 Ω は,1 A の電流が流れる導体の 2 点間の電圧が 1 V であるときその 2 点間の電気抵抗」である。

抵抗を模擬する回路素子にオームの法則を適用すれば,コンダクタンス値は $G_R=1/R$,電流源は $J_R=0$ となる。

抵抗
抵抗

インダクタンス(inductance)の模擬

加えられた電気エネルギーを一時的に電磁エネルギーに変換する素子をインダクタンス素子または誘導素子という。インダクタンス素子における電圧 $v$ と電流 $i$ の関係は次式となる。

\[ v = L\frac{di}{dt} \]

インダクタンスの単位は [H](ヘンリー)で,定義は「1 H は,1 A/s の割合で一様に変化する電流が流れるときに,1 V の起電力を生じる閉回路のインダクタンス」である。

インダクタンス
インダクタンス

数値計算において,連続する値は取り扱うことができないため,変化する電圧,電流を離散化する。インダクタンス素子における電圧と電流の関係を示す両辺を,$\Delta t$ で離散化した時間 $t_{n-1}$ から $t_n$ まで積分する。

\[ \int^{t_n}_{t_{n-1}} v dt = L\int^{t_n}_{t_{n-1}} \frac{di}{dt} dt = L\{i(t_n)-i(t_{n-1})\} \]

時間 $t_{n-1}$ から $t_n$ の電圧波形のイメージを図で示す。上式の左辺の積分は,($t_{n-1}$,0), ($t_{n-1}$,$v_{n-1}$), ($t_n$,$v_n$), ($t_n$,0) で囲まれる台形の面積で近似することができる。

\[ \frac{\Delta t}{2}\{v(t_n) + v(t_{n-1})\} \approx L\{i(t_n)-i(t_{n-1})\} \]
離散化した電圧の積分
離散化した電圧の積分

$t_n$ における電流 $i(t_n)$ について,整理する。

\[ i(t_n) = \frac{\Delta t}{2L}v(t_n) + \frac{\Delta t}{2L}v(t_{n-1}) + i(t_{n-1}) \] \[ i(t_n) = G_L v(t_n) + J_L(t_n) \]

ただし,$G_L = \Delta t/2L$,$J_L(t_n) = G_L v(t_{n-1}) + i(t_{n-1})$ である。

上式は,現在時刻 $t_n$ から $\Delta t$ 前の電圧 $v(t_{n-1})$ と電流 $i(t_{n-1})$ より,現在時刻の電流 $i(t_n)$ が得られることを示している。(電流が得られれば,電圧はインダクタンス素子における電圧 $v$ と電流 $i$ の関係式より容易に計算できる。)

キャパシタンス(electrostatic capacity)の模擬

静電エネルギーを蓄積する素子をキャパシタンス素子または静電容量素子という。キャパシタンス素子における電圧 $v$ と電流 $i$ の関係は次式となる。

\[ i = C\frac{dv}{dt} \]

キャパシタンスの単位は [F](ファラド)で,定義は「1 F は,1 C の電気量を充電したときに 1 V の電圧を生じるコンデンサの静電容量」である。

キャパシタンス
キャパシタンス

両辺を $\Delta t$ で離散化した時間 $t_{n-1}$ から $t_n$ まで積分する。

\[ \int^{t_n}_{t_{n-1}} i dt = C\int^{t_n}_{t_{n-1}} \frac{dv}{dt} dt = C\{v(t_n)-v(t_{n-1})\} \]

時間 $t_{n-1}$ から $t_n$ の電流波形のイメージを図で示す。インダクタンスのときと同様に,左辺の積分を台形の面積で近似する。

\[ \frac{\Delta t}{2}\{i(t_n) + i(t_{n-1})\} \approx C\{v(t_n)-v(t_{n-1})\} \]
離散化した電流の積分
離散化した電流の積分

$t_n$ における電流 $i(t_n)$ について,整理する。

\[ i(t_n) = \frac{2C}{\Delta t}v(t_n) - \frac{2C}{\Delta t}v(t_{n-1}) - i(t_{n-1}) \] \[ i(t_n) = G_C v(t_n) + J_C(t_n) \]

ただし,$G_C = 2C/\Delta t$,$J_C(t_n) = -G_C v(t_{n-1}) - i(t_{n-1})$ である。

上式は,現在時刻 $t_n$ から $\Delta t$ 前の電圧 $v(t_{n-1})$ と電流 $i(t_{n-1})$ より,現在時刻の電流 $i(t_n)$ が得られることを示している。(電流が得られれば,電圧はキャパシタンス素子における電圧 $v$ と電流 $i$ の関係式より容易に計算できる。)

回路方程式

すべての回路素子がコンダクタンスと過去の履歴を表す等価電流源とで模擬できる。このため,どのような複雑な回路網(network)であっても,節点解析(nodal analysis)を採用することにより,ノードコンダクタンス行列で表現される。

節点解析

キルヒホッフの両法則を既約接続行列で表現し,節点電位を独立変数とした線形連立方程式にもとづく回路解析法を節点解析(nodal analysis)という。

キルヒホッフの第一法則(KCL)

キルヒホッフの第一法則(電流連続の法則,KCL : Kirchhoff's Current Law)は,「任意の導線の接続点(ノード)に流入する代数和は 0 に等しい」である。一般に,

\[ \sum_{k=1}^{n} I_k = 0 \]

で表される。ただし,流入する電流はそのまま,流出する電流は符号を反転してから総和を取ることとする。

キルヒホッフの第二法則(KVL)

キルヒホッフの第二法則(電圧平衡の法則,KVL : Kirchhoff's Voltage Law)は,「回路網中の任意の閉路において,その閉路を構成するブランチの電位差の代数和は 0 に等しい」とである。一般に,

\[ \sum_{k=1}^{n} V_k - \sum_{k=1}^{n} E_k = 0 \]

で表される。

各ブランチの特性を与える式(BCE)

各ブランチの特性式(BCE : Branch Constitutive Equations)は,次式で与えられる。

\[ i = Gv + J \]

(参考)キルヒホッフの法則

キルヒホッフの法則は,プロセイン生まれの物理学者グスタフ・ロベルト・キルヒホフ(Gustav Robert Kirchhoff,1824 - 1887 年)によりまとめられた。

グスタフ・ロベルト・キルヒホフ
グスタフ・ロベルト・キルヒホフ
(出典)フリー百科事典『ウィキペディア』

回路方程式の解法

ベクトルの定義

ノード(節点)の数を $N_n$,ブランチ(枝)の数を $N_b$ とする。ノード電圧ベクトル $\boldsymbol{u}$,ブランチ電流ベクトル $\boldsymbol{i}$,ブランチ電圧ベクトル $\boldsymbol{v}$ を定義する。

\[ \boldsymbol{u}= \begin{pmatrix} u_1 & u_2 \cdot \cdot \cdot & u_{N_n} \end{pmatrix}^T \] \[ \boldsymbol{i}= \begin{pmatrix} i_1 & i_2 \cdot \cdot \cdot & i_{N_b} \end{pmatrix}^T \] \[ \boldsymbol{v}= \begin{pmatrix} v_1 & v_2 \cdot \cdot \cdot & v_{N_b} \end{pmatrix}^T \]

次にノード(節点)とブランチ(枝)を接続するための行列 $\boldsymbol{A}$ を定義する。行列 $\boldsymbol{A}$ は,$N_n$ 行 × $N_b$ 列の大きさで,例えばノード $i$,$j$ に接続するブランチ $b$ を表現するため,行列 $\boldsymbol{A}$ の $b$ 行 $i$ 列は 1,$b$ 行 $j$ 列は -1 とする。

ノード i, j に接続するブランチ b
ノード $i$,$j$ に接続するブランチ $b$
行列 A
行列 A

既約接続行列

接続行列 $\boldsymbol{A}$ の各列に着目すれば,「一つずつの "1" と "-1" を持つ」ことがわかる。すなわち $\boldsymbol{A}$ の $N_\text{b}$ 個の行のうち,一つは冗長である。このことは,「一つの行は他の行の一次結合で表される」ことを意味する。ちなみに $\boldsymbol{A}$ の $(N_\text{b}-1)$ 個の行をすべて加えてその符号を反転すれば,残りの一つの行が得られる。そこで一つの行を取り除くことによって得られる $(N_\text{b}-1)\times N_\text{N}$ の行列を既約接続行列(reduced incidence matrix)と呼び,$\boldsymbol{D}$ で表す。また,取り除かれた節点を基準点(電気回路では接地点に対応する節点とみなせばよい)と呼ぶ。

法則,特性式の適用

電流連続の法則(KCL)を適用すると,次式が成り立つ。次式はノード $i$ に流入する電流 $i_i$ とノード $j$ から流出する電流 $i_j$ の差は 0 A であることを表す。

\[ \boldsymbol{A}^T \boldsymbol{i} = \boldsymbol{0} \]

次に,電圧平衡の法則(KVL)を適用すると,次式が成り立つ。次式はノード $i$ とノード $j$ の電位差 $u_i - u_j$ は,ブランチ電圧 $v_b$ に等しいことを表す。

\[ \boldsymbol{A} \boldsymbol{u} - \boldsymbol{v}= \boldsymbol{0} \]

最後に,各ブランチの特性を与える式(BCE)を考える。例えば,5 番目の部品について次式が成り立つ。

\[ i_5 - G_5 v_5 = J_5 \]

このように,全てのブランチの特性を行列で表現する。

\[ \boldsymbol{B}_1 \boldsymbol{i} - \boldsymbol{B}_2 \boldsymbol{v}= \boldsymbol{J} \]
各ブランチの特性を与える式(BCE)
各ブランチの特性を与える式(BCE)

以上の電流連続の法則(KCL),電圧平衡の法則(KVL),ブランチの特性を与える式(BCE)をまとめると,以下の行列式(多元連立一次方程式)となる。

\[ \begin{pmatrix} \boldsymbol{0} & \boldsymbol{A}^T & \boldsymbol{0} \\ \boldsymbol{A} & \boldsymbol{0} & -\boldsymbol{1} \\ \boldsymbol{0} & \boldsymbol{B}_1 & -\boldsymbol{B}_2 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \boldsymbol{u} \\ \boldsymbol{i} \\ \boldsymbol{v} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \boldsymbol{0} \\ \boldsymbol{0} \\ \boldsymbol{s} \end{pmatrix} \]

ここで $\boldsymbol{s}$ は電源を表現する。このようにキルヒホッフの電流則,電圧則,各回路素子の特性方程式をそのまま書き下す方式の回路方程式定式化手法は,スパースタブロー法という。行列のサイズは大きくなるが,疎行列(スパース)となることを利用すれば,効率的に解くことができる。

連立一次方程式の解法

前述の連立一次方程式を時間刻み $\Delta t$ 毎に解いていけば,回路中の電圧・電流の時間変化が計算できる。連立一次方程式の数値解析では,ガウス消去法や LU 分解 などの手法がある。

ガウス消去法

ガウス消去法(Gaussian elimination)あるいは掃き出し法(row reduction)とは,連立一次方程式を解くための多項式時間アルゴリズムであり,通常は問題となる連立一次方程式の係数からなる拡大係数行列に対して行われる一連の変形操作を意味する。

変形操作には,前進消去(Forward Elimination)と後退代入(Backward Substitution)の 2 つのステップからなる。

LU 分解

数学における行列の LU 分解(LU decomposition)とは,正方行列 $\boldsymbol{A}$ を下三角行列 $\boldsymbol{L}$ と上三角行列 $\boldsymbol{U}$ の積に分解すること,すなわち,$\boldsymbol{A} = \boldsymbol{LU}$ が成立するような $\boldsymbol{L}$ と $\boldsymbol{U}$ を求めることをいう。

次式で表される連立一次方程式への適用を考える。

\[ \boldsymbol{Ax}=\boldsymbol{b} \]

正方行列 $\boldsymbol{A}$ を下三角行列 $\boldsymbol{L}$ と上三角行列 $\boldsymbol{U}$ の積に分解する。

\[ \boldsymbol{Ax}=\boldsymbol{LUx}=\boldsymbol{b} \]

ここで,$\boldsymbol{Ux}=\boldsymbol{y}$ とおくと,

\[ \boldsymbol{Ly}=\boldsymbol{b} \]

となる。$\boldsymbol{L}$ は下三角行列であるため,ガウス消去法の前進消去により $\boldsymbol{y}$ は容易に求められる。次に,

\[ \boldsymbol{Ux}=\boldsymbol{y} \]

より,$\boldsymbol{x}$ を求める。$\boldsymbol{U}$ は上三角行列であるため,ガウス消去法の後退消去により $\boldsymbol{x}$ は容易に求められる。

非線形素子の取扱い

これまで,抵抗,インダクタンス,キャパシタンスと言った線形素子のみを対象としてきたが,電力系統には,変圧器,消弧リアクトル,回転機などの電磁誘導機器が多数接続されている。これらの機器に用いられている鉄心には飽和現象があり,励磁電流は端子電圧に比例しない。このため,電磁誘導機器は非線形の素子として作用する。

また,避雷器は通常使用電圧ではインピーダンスが大きいが,雷サージ電圧が印加されるとインピーダンスが低下し,雷サージ電流を大地に逃がす機能を有している。このような特性を有する避雷器を雷過電圧解析において表現するときは,非線形抵抗を用いる。

避雷器の VI 特性の例
避雷器の VI 特性の例

瞬時値解析において,電磁誘導機器や避雷器を取り扱うため,非線形特性を区分折れ線近似する。例えば,非線形抵抗を表すため,下図のように $v$ - $i$ 特性を区分折れ線近似する。赤丸で囲った区間のみに注目すれば,傾きがコンダクタンス $G$ となり,その区間を直線で伸ばしたときの切片が 電流源 $J$ の大きさを表せる。

区分折れ線近似
区分折れ線近似

非線形素子がある場合,傾きと切片を求める必要がある。XTAP においては,非線形特性のほとんどが区分折れ線近似で与えられることに着目し,区分折れ線近似を利用したニュートンラプソン法を採用し,非線形素子を含む回路法的式の求解を行っている。

計算時間刻み

計算時間刻み $\Delta t$ について考える。計算時間刻みを大きくする場合($\Delta t_1$)と計算時間刻みを小さくする場合($\Delta t_2$)を比べると,下図のような電圧変化や電流変化の場合,台形面積の近似精度に差ができる。台形面積の近似精度は計算の精度に影響するが,計算時間刻みが小さいと計算時間が長くなったり,計算時間刻み毎に電圧や電流の値を記録する場合,データ量は大となる。計算時間刻みは,精度,計算時間,データ量を考慮する必要がある。

計算時間刻み
計算時間刻み
表 計算時間刻みと精度,計算時間,データ量の関係
計算時間刻み 計算精度 計算時間 保存するデータ量

計算時間刻みの決め方として,$CR$ 回路や $RL$ 回路の時定数,$LC$ 回路の振動周期,分布定数線路のサージ伝搬時間のうち,最も短いものよりも十分小さい時間刻み $\Delta t$ としなければならない。

一つの目安として,時定数や振動周期の 20 分の 1 の時間刻み $\Delta t$ を採用する場合がある($\Delta t = \tau/20$ や $\Delta t = T/20$)。

(参考)標本化定理

標本化定理(sampling theorem)によると,周波数帯域(frequency bandwidth)が $f_m$ [Hz] 以下に制限されている信号は,その信号を $\displaystyle \frac{1}{2f_m}$ 秒以下の一定の時間間隔で標本化して(sampling)して得られる離散的な標本値(sampling value)だけで復元できる。

周波数 50 Hz の正弦波交流電圧波形を 1 周期で 4 点,20 点で標本化したときの波形のイメージを下図に示す。1 周期あたり 20 点で標本化しておけば,正弦波形であることがわかる。

標本化定理と計算時間刻みのイメージ
計算時間刻みのイメージ

台形則(数値積分)

数値積分の解法の一つである。1 段階法(1 つ前の計算時間ステップの値のみから現在のステップの値を計算する)であるにもかかわらず,2 次の精度を有し,かつ,絶対安定の陰解放であるため,数値安定性に優れる。

しかし,インダクタンスの電流を急変,キャパシタンスの電圧を急変させた場合,実際の現象としては生じない数値計算上の振動を生じてしまう。

EMTP-RV の積分手法には,台形則と後退オイラー法を併用している。一方,XTAP における積分手法には,2 段対角型陰的ルンゲクッタ法[1]を用いているため,計算結果に数値振動は生じない。


  1. 台形法とほぼ同等の精度および数値安定性を有し,かつ数値振動を生じない積分手法である。

瞬時値解析のまとめ

現在は,EMTP や XTAP を使い,瞬時値解析が簡単に行えるようになっている。このように恵まれた環境で瞬時値解析を行うときに留意したいのは,数値解析した結果が本当に正しいかを常にチェックすることである。モデルの作成や材料・条件の定義に不具合はないかを確認するのはもちろんであるが,瞬時値波形を見ながら電気回路で発生している物理現象を考察することが重要である。

全く新しい回路の解析を行う際には,物理的な考察に加えて,パラメータと諸特性の関係を把握するために,簡単なモデルを作成して解析的に特性算定式を導出することをお勧めする。

最新の数値解析ツールを駆使してシミュレーションができることはもちろん大切であるが,物理的考察ができ,モデル化および解析ができる技術者になってほしい。

本稿の参考文献

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