雷サージ
雷サージとは
送電線や電力設備に対する直撃雷や,送電線の逆フラッシオーバ,誘導雷によって発生する過電圧を雷過電圧(lightning overvoltage)あるいは雷サージ(lightning surge)という。雷過電圧は持続時間は通常数重 μs 以内の単一雷撃の場合と,このような過電圧が断続的に繰り返して発生する場合がある。
最も基本的な雷サージは鉄塔頂への雷撃により鉄塔電位が上昇し,アークホーンを通して鉄塔より電力線へ逆フラッシオーバが生じ,これにより電力線に過電圧が発生する場合である。
「分布定数回路論」7.3.1 雷サージより
雷サージは雷撃により発生し,最大電圧に達するまでの時間(波頭長)が数 μs,波尾長(最大電圧の 1/2 に低下するまでの時間)が数十 μs ときわめて急峻でかつ発生電圧もきわめて大きい。
目次
雷現象
雷現象は,その規模が大きく,また発生時刻や場所を正しく予測することは困難である。このため,雷の場合は観測方法の開発自体が重要な研究項目である。
雷観測技術の変遷
光学的観測
雷現象は極めて短時間の現象であるだけでなく,その発生時刻を予測することは困難であるため,静止写真で撮影することも決して簡単ではない。効率的な画像取得のためには,① 雷の発生を予期してカメラのシャッターを開く,② 雷撃の発生後にシャッターを切る,というプロセスを自動化する必要があり,自動観測カメラの開発が進められてきた。
(出典)発見と発明のデジタル博物館
最近では,2,000,000 コマ/秒以上の撮影速度を有する超高速度カメラも市販されるようになり,これらを駆使した雷放電進展様相の観測が行われている。
雷電流観測
耐雷設計には,雷撃電流のデータが重要である。大地雷撃の電流観測は困難であるので,建造物への落雷時の雷撃電流観測が行われている。
我が国では,1930 年頃から磁鋼片による雷電流の波高値の観測が始められ,諸外国のデータとあわせ,夏季の雷(夏季雷)に対するある程度のデータ集約が進められてきた。
しかし残留磁化で測定できるのは原理的に雷撃電流のピーク値のみで,電流波形は測定できないため,最近はシャント抵抗やロゴスキーコイルによる観測にとって代わられた。ただし大地内部の雷電流分布を測定するには,残留磁化を用いるのは有力な方法である。
東京スカイツリーでの雷観測が有名であり,雷撃電流の観測は写真に示すように,地上 497 m の位置に設置した全長約 30 m の巨大なロゴスキーコイルによって行われている。雷撃電流波形の観測には広帯域を必要とするため,低周波用コイル(0.5 Hz ~ 250 kHz)と高周波用コイル(1.5 kHz ~ 5 MHz)の 2 種類のコイルが用いられている。

雷撃電流観測で有名なのがベルガーらによるスイスのサン・サルバトーレ山の上の鉄塔での雷撃電流観測である。20 世紀中頃の観測であるにもかかわらず,現在でも多く引用される歴史的なデータである。
一方,日本海側で冬季に発生する雷(冬季雷)は,日本固有の事象として着目されるようになり,1978 年から冬季雷として新たな観測が行われるようになった。
雷電磁界観測
落雷に伴う雷雲内の電荷量の消滅は,地上での静電界の変化として与えられ,これを多点で計測できれば消滅した電荷の位置と大きさが求まる。また大地が完全導体とみなせ,かつ雷放電路が垂直であるとった理想的な条件では雷撃電流による放射電磁界も解析的に求められる。
さらに雷電磁界観測技術の応用として,雷撃時に放射される電磁界を多点で観測し,雷撃の位置や雷撃電流を推定する落雷位置標定システムが開発され,世界的に活用されている。日本でも 1980 年代初めより導入が進み,現在,多くの電力会社や気象情報提供会社などで運用されている。
夏季雷と冬季雷
季節による雷の性質の違いを次表に示す。
夏季雷 | 冬季雷 | |
---|---|---|
雷雲の高さ | 高い | 低い |
放電の向き | ほとんど下向き | 上向きが多い |
電気エネルギー | 小さい | 大きい |
落雷回数 | 多い | 少ない |
落雷場所 | 北関東に多い | 日本海沿岸 |
日本海側の冬季雷
日本海側では季節風の影響で夏より冬に激しい雷が観測され,中にはエネルギーが夏の 100 倍以上に達する雷もある。
また,日本の主要都市で 1 年間に雷が観測された日数を比べると,札幌市や仙台市などは少なく,北陸の金沢市が 45.1 日(2020 年までの 30 年間平均)で最多となっている。冬場の金沢市では月平均 8 日ほど観測されるが,これだけ多い冬の雷は世界的にも珍しい。
冬季雷のメカニズム
世界的にも稀な「冬季雷」と呼ばれる高エネルギー雷が冬季の日本海側で発生するメカニズムについて述べる。
この冬季雷は,対馬暖流の上空に冬季の寒冷なシベリア寒気団が発達することで,大量の水蒸気が供給され,高いエネルギーを持った雷雲が沿岸部に接近することで発生する(下図)。夏季雷は負極性(上空が負電荷を帯びる)のものが 多いが,冬季雷は正極性となる割合が多く,雲の高さが低いといった特徴も有している。また,冬季雷は夏季雷より,10 ~ 100 倍のエネルギーを有していることもある。

雷過電圧現象
雷が大地や送電線に落ちる雷撃現象に関する典型的な説明は次のとおりである。
雷雲の電荷が増えて局部的に電位傾度が大きくなり,空気の湿度と電離状況がある条件を超えると電気ストリーマ(electric streamer)が大地方向に向かって走るが,数百 m ほど走ったところで消滅する。しばらくしてストリーマが再び発生する。このようなストリーマの繰り返しはステップリーダ(stepped leader)といわれる。ステップリーダの経路が長くなって遂には大地に達すると,その途端に大電流(main stroke : 1 ~ 150 kA)がステップリーダの通った経路を光速の十分の一ほどの速度で流れる。いわゆる落雷である。
さて,我々の関心事は雷が送電線へ直撃し,あるいは大地に落雷して,送電線にサージ電圧・電流を引き起こすような雷撃現象である。このような雷撃は通常は直撃雷,逆せん絡(逆フラッシオーバ),誘導雷の三つに分類される。
直撃雷
鉄塔あるいは線路への落雷による直撃雷(direct stroke)は発生回数は少ないが過電圧は大で,ときにはどのように高度な絶縁を施した送電線であっても,電力線と鉄塔あるいは架空地線との間の電気的絶縁が破壊し放電により短絡されてしまう。これをフラッシオーバ(flashover)という。110 kV 以上の送電線では誘導雷より直撃雷に重点が置かれている。

誘導雷
他地点での落雷に伴う誘導電圧として現れる誘導雷は,発生回数は著しく多いが過電圧はあまり大きくなりので危険性は少なく,おもに 77 kV 以下の送電線あるいは配電線で問題となる。
絶縁設計
送電設備の絶縁設計
送電線の耐雷設計として,最も一般的に行われているのは,電力線に直撃雷が侵入しないように送電線を遮へいする架空地線の布設である。
架空地線を布設しても,雷撃電流の波高値が小さい雷では,(架空地線の吸引力が弱いため)遮へい失敗し,電力線へ直接侵入することがある。このとき発生する過電圧が大きいとアークホーンでフラッシオーバする(正フラッシオーバ)。また,架空地線や鉄塔へ雷撃があった場合,雷撃電流が大きいと,鉄塔電位が上昇し,アークホーンで逆フラッシオーバが発生し,電力線に雷が侵入する。
雷によるフラッシオーバに伴う送電線事故は再送電が可能なことが多いため,ある程度の事故(フラッシオーバ)率は許容して,送電設備の小型化を図り,建設コストの上昇を抑えている。500 kV 送電線では,架空地線を一般的に 2 条布設し,架空地線を電力線より外側に布設し負の遮へい角とし,下位電圧よりフラッシオーバを減らし,送電線事故を減少させている。
遮へい失敗や逆フラッシオーバにより電力線に侵入した雷撃電流は,アークホーンにより制限されるものの,電力線を伝搬して変電所に侵入する。
変電所の絶縁設計
雷サージは,変電所の絶縁設計において支配的な要素となる。
変電所内への直撃雷の防止対策
変電所の変圧器や開閉器などの電力機器を雷の直撃雷に耐えるように絶縁することは極めて困難であるため,架空地線と避雷鉄塔による変電所内の遮へいと接地を施して,直撃雷の発生を防止する。
変電所内でのサージ低減対策
変電所の耐雷設計では,変電所近傍の鉄塔への落雷による逆フラッシオーバによる近接雷と,電力線を伝搬してくる遠方雷を考慮する。これらの雷過電圧に耐える絶縁強度を機器(変圧器や開閉器)にもたせることは経済的ではないため,変電所内に避雷器を設置し,最適位置に配置することにより雷過電圧を抑制し,効果的な絶縁協調を図っている。
避雷器を変圧器付近,母線,線路引き込み口,あるいはそれらを組み合わせて設置して,雷サージの低減を行うことにより,保護する機器の絶縁レベルとの協調を行う。
合理的な絶縁設計
避雷器の設置により,過電圧抑制のための機器代は増加するものの,過電圧を確実に抑制できるため,雷インパルス耐電圧(LIWV : Lightning Impulse Withstand Voltage)を低減した変圧器や開閉器が採用できる。主要機器代が減少し,技術上,経済上並びに運用面から合理的な設計にすることができる。
低圧制御回路での雷サージ低減対策
低圧制御回路の絶縁設計で配慮すべき異常電圧はサージ性電圧であり,雷サージ,主回路開閉サージ,直流回路開閉サージに分類される。雷サージに対しては,以下のように制御回路に侵入する。
- 電気所の母線,接地線などに雷サージ電流が流れ,近接する制御ケーブルに誘導により移行する。
- 計器用変圧器の一次側雷サージ電圧,電流が二次回路に誘導により移行する。
- 電気所の接地系に雷サージ電流が流入し,流入点の接地電位が上昇,近接する制御ケーブルに誘導により移行する。
サージ発生源における対策
配電盤における対策
- 避雷器又はコンデンサなどのサージ吸収装置を盤側端子に接続し,盤内へのサージ侵入を阻止する。
- 絶縁変圧器,中和コイルなどによって,盤側へのサージ侵入を阻止する。
ケーブル敷設時
- 金属シース付き低圧制御ケーブルを採用しシースを接地する。
- 低圧制御ケーブルを高電圧ケーブルから離す。
配電設備の絶縁設計
配電設備は送電設備と異なり,絶縁レベルが相対的に低い。また,機器が分散配置されていることから,雷事故を軽減するためには耐雷対策に十分配慮する必要がある。
配電設備で雷過電圧が発生する要因は,配電線への直撃雷と,近隣の落雷により発生する強い電磁界による誘導雷の 2 種類がある。誘導雷の発生電圧は数百キロボルト程度にとどまり,送電線では脅威にならない。
配電設備の耐雷対策としては,架空地線で電力線と機器とを遮へいする方法と,侵入した雷による過電圧抑制や機器保護のため避雷器やアークホーンを用いる方法がある。開閉器や変圧器は,避雷器を内蔵したり,近傍に設置して保護している。線路も保護範囲を考慮して避雷器を適切に設置したり,電線や碍子の雷による被害を防止するために,アークホーンを設置して保護している。
絶縁設計の合理化
送変電設備の絶縁設計については,1 000 [kV] 送電の技術開発を契機として,新機器・設備技術および新解析技術の開発が進み,500 [kV],275 [kV] 系統を中心に,電力系統の信頼度を維持しながら設計合理化により電力供給コストを低減する方策が推進されている。
ここでは,設計合理化を可能とした技術背景について述べる。
新技術の適用・導入
高性能避雷器の採用・適正配置
ギャップ付き避雷器に代わって,電圧-電流非直線特性の優れた酸化亜鉛素子を使用したギャップレスの酸化亜鉛形避雷器が主流になり,格段の性能向上が図られている。
絶縁設計面から見た避雷器性能は,大電流領域での制限電圧の低さ,放電耐量で決まる。
高性能(酸化亜鉛形)避雷器は,内部組成の微細化・均一化,3 価金属やガラス質成分の添加などにより酸化亜鉛素子の特性を改善した。電圧-電流特性の平たん率を大きくすることにより,1 000 [kV] 系避雷器の場合で公称放電電流 20 [kA] に対して 1 620 [kV](1.80 [p.u.]),従来の 500 [kV] 系技術の延長に比べて 30 [%] 低減を実現するとともに,小電流域から大電流域まで過電圧を効果的に抑制できる。放電耐量の面でも短時間過電圧耐量を従来の 2 倍程度に改善している。
これらの避雷器を GIS に組み込んで変電所の送電線引込口,変圧器近傍,母線の末端などに適正に配置することにより,効果的な過電圧抑制が可能である。
275 kV 避雷器(定格電圧 266 kV)の標準特性と高性能特性それぞれの制限電圧特性(V-I 特性)を下図に示す。標準特性の制限電圧特性(青線)よりも,高性能特性の制限電圧特性(赤線)は 30 % 低減されている。

解析技術の進歩
EMTP の開発
500 [kV] 系の検討時にはアナログ式シミュレータで過電圧解析が実施されたが,アメリカの BPA で開発されたディジタルシミュレーションプログラム EMTP とコンピュータ技術の進歩により,雷サージ,開閉サージ,負荷遮断時の過電圧などの諸現象を高精度かつ容易に解析できるようになった。
サージ解析モデルの模擬精度向上
電力系統のサージ解析で重要な送電線の周波数モデル,鉄塔モデル,逆フラッシオーバのリーダモデルなどの模擬回路の改善が加えられ,精度向上が図られた。
絶縁特性に関する諸データの蓄積
絶縁特性に関する諸データを得て,解析結果に基づく合理的設計に反映させるため,次のような実験,実測などが実施された。
気中長大ギャップのフラッシオーバ特性
実規模電球形状による気中長大ギャップの放電実験を行い,電線-鉄塔間(対地間)の合理的なクリアランス設計を行った。
変電所侵入雷サージの実測
サージ解析モデルの妥当性を総合的に検証するため,変電所に送電線から侵入する雷サージが実測・評価され,モデルの改善が図られた。
GIS の急しゅん波絶縁特性の実測
金属異物存在下における GIS の断路器サージに対する絶縁耐力と雷インパルスに対する絶縁耐力の関連を調べるため,実機相当の実験が行われ,実機使用状態のガス圧では急しゅん波のフラッシオーバ電圧のほうが高いことが確認された。これをもとに,現行どおり雷インパルス試験電圧で断路器サージの耐力も検証できること,断路器サージが大きくなる 1 000 [kV] 系では上述のように抵抗挿入により抑制する必要があることが明らかになった。
変圧器の長時間 $V-t$ 絶縁特性
変圧器の交流試験電圧は,単に絶縁耐力を確認するだけでなく,絶縁破壊の前駆現象である部分放電の有無を確認し絶縁強度を検証するものである。このもととなるのが変圧器の部分放電開始電圧-時間特性($V-t$ 特性)であるが,体系的なデータ蓄積が不十分であった。このため,要素モデル,例えば主要絶縁構成である巻線ターン間,絶縁バリヤと油ダクト間およびコイルセクション間の絶縁を対象に実験が行われ,設計,試験電圧の検討に活用された。
前駆遮断法によるケーブル絶縁破壊の原因の検出
ケーブルの絶縁設計合理化に大きく寄与したものとして前駆遮断法がある。CV ケーブルの絶縁厚さは,目標とする交流耐電圧,雷インパルス耐電圧(含む開閉インパルス)から決定される。従来,ケーブルの最低絶縁破壊電位強度は,ケーブルの絶縁破壊値実績を統計処理して得ており,何が要因で絶縁破壊に至ったかはわからなかった。前駆遮断法は,部分放電現象を検出し絶縁破壊直前に課電を中止し,破壊の起点となる欠陥を焼損させずに検出する方法である。これにより,かつて絶縁破壊の主要因とされていたボイドは製造のプロセス管理徹底により実用上無害なレベルまで低減されており,現状ではほとんどが異物と突起が原因であることが判明した。この結果,ケーブル製造時のスクリーンメッシュ細密化,X 線照射による高精度検査技術の適用に活用されている。
雷事故実績
発変電所の雷事故
発変電所の雷事故は,昭和 30 年代前半には全国で年間 100 件近くに達していたが,次のような改良によって昭和 30 年代末には大幅に減少した。
- 変電所鉄構の上部に架空地線を張り,変電所鉄構と第 1 鉄塔の間にも架空地線を張って,変電所母線や機器への雷直撃を防止する。
- 避雷器を設置し,避雷器と被保護機器の距離を十分に短くする。距離が長くなるときは避雷器の台数を増やす。
- 機器,鉄構,中性点,通信線,低圧系の連接接地,接地線のメッシュ化
- 低圧回路(制御ケーブル,信号ケーブル,低圧電源線)の絶縁破壊を防止するため,ケーブルは金属シース付きとし,シース両端を接地する。
参考文献
- 河村 達雄,河野 照哉,柳父 悟 著,「電気学会大学講座 高電圧工学[3版改定]」,電気学会,1956年 初版,2003年 3版改定
- 有働 龍夫 著,「電力系統絶縁工学 - サージと事故防止 -」,オーム社,1999 年
- 雨谷 昭弘 著,関根 泰次 監修「分布定数回路論(Distributed-Parameter Circuit Theory)」,コロナ社,1990年
- 新藤 孝敏,「雷観測今昔ものがたり -フランクリンの凧から東京スカイツリーまで-」,電学誌,138 巻 12 号,2018 年
- 令和3年度 第二種 電気主任技術者試験 二次試験 電力・管理 問2「変電所の絶縁設計において支配的な要素となる雷サージ」
- 平成27年度 第一種 電気主任技術者試験 二次試験 電力・管理 問2「電力流通設備の絶縁協調」
- 平成23年度 第一種 電気主任技術者試験 二次試験 電力・管理 問4「電力設備の低圧制御回路の絶縁設計」
- 平成9年度 第一種 電気主任技術者試験 二次試験 電力・管理 問4「送配電設備の絶縁設計の合理化」
- 2022年2月16日 読売新聞 ニュースの門「冬の雷に宇宙のロマン」