技術戦略マネジメント
目次
応用情報技術者試験(レベル3)シラバス-情報処理技術者試験における知識・技能の細目- Ver. 7.0 に基づき,「技術戦略マネジメント」の対策ノートを作成した。
本稿は,IT ストラテジスト試験 午前 Ⅱ 対策としても活用できるようにしている。
技術開発戦略の立案
- 技術開発戦略の目的,考え方,立案手順を修得し,適用する。
- 技術動向の把握,イノベーションの促進の重要性,考え方を修得し,適用する。
(1) 技術開発戦略
技術開発の大きな目標は,イノベーションを起こすことである。イノベーションは,新しい技術の創出や価値の提供によって,爆発的なヒットなど社会的に大きな効果をもたらす “革新” である。
① 技術開発戦略の目的と考え方
MOT(Management of Technology:技術経営)
技術を活かした経営をいう。すなわち,「技術に立脚する事業を行う企業・組織が,持続的発展のために,技術が持つ可能性を見極めて事業に結びつけ,経済的価値を創出していく経営」である。
プロダクトイノベーション
革新的な新製品を開発するといった,製品そのものに関する技術革新。
事例として,社内の製造部と企画部で共同プロジェクトを設置し,新規製品を開発した,マルチコア CPU を採用した,高性能で低消費電力の製品を開発する。
プロセスイノベーション
製品やサービスを生み出す過程にある工程や物流の改善による技術革新。
事例として,物流システムを変更し,効率的な販売を行えるようにした。
ラディカルイノベーション(radical innovation : 抜本的な変革)
技術の面でもビジネスモデルの面でも,従来の延長にない全く新しい技術革新・変革のことである。
インクリメンタルイノベーション
従来に対して改良を施すことで得られる,比較的小さな革新である。
オープンイノベーション
オープンイノベーションとは,異業種の企業間における共同研究,大学との産学連携,地方自治体との提携などのように,組織内の知識・技術と組織外のアイデアを結合して新たな価値を創造しようとする取組みである。組織の枠組みを越え,広く知識・技術の結集を図ることで,革新的なサービスや新機軸のビジネスモデルを生み出すことを目的とする。
事例として,社外からアイディアを募集し,新サービスの開発に活用した。
イノベーションのジレンマ(The Innovator's Dilemma)
巨大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した企業経営の理論。クレイトン・クリステンセンが,1997 年に初めて提唱した。
大企業にとって,新興の事業や技術は,小さく魅力なく映るだけでなく,カニバリズムによって既存の事業を破壊する可能性がある。また,既存の商品が優れた特色を持つがゆえに,その特色を改良することのみに目を奪われ,顧客の別の需要に目が届かない。そのため,大企業は,新興市場への参入が遅れる傾向にある。その結果,既存の商品より劣るが新たな特色を持つ商品を売り出し始めた新興企業に,大きく後れを取ってしまうのである。
大企業は顧客志向のよい会社だからこそイノベーションに乗り遅れる!
優れた企業が「合理的に」判断した結果,破壊的イノベーターに負けてしまう,5 つの理由を挙げている。
- 既存顧客や短期的利益を求める株主の意向が優先される。
- 新規事業は大企業には小さすぎる。
- 存在しない市場は分析できない。
- 組織が既存事業に最適化しすぎて,新規事業に対応できない。
- 既存事業をさらに高めても,それに需要があるとは限らない。
メイカームーブメント(Maker Movement)
(抽象的には)「ウェブ世代が現実世界と交わること」であり,世界中の「ガレージ」(=アメリカ流の表現であり,おおむね「自宅の工作室」のこと)がオンライン化し,「仕事」と「デジタルツールの利用」を同時にすると起こるムーブメントであり,(より具体的には)デジタルファイルや CAD や 3D プリンターなどを使う,digital fabrication(デジタル(な)製造。つまりデジタル技術を用いたものづくり)の潮流のことである。
リーンスタートアップ(Lean Startup)
新しい事業に取り組む際の手法として,エリック・リースが提唱した。実用最小限の製品・サービスを短期間で作り,構築・計測・学習というフィードバックループで改良や方向転換をして,継続的にイノベーションを行う方法である。
コストをかけずに最低限の製品・サービス・機能を持った試作品を短期間でつくり,顧客の反応を的確に取得して,顧客がより満足できる製品・サービスを開発していくマネジメント手法のこと。
リーンスタートアップの概念は生産工程における無駄を徹底的に省くことに主眼を置く「リーン生産方式」を参考に生まれた。リーン生産方式は,トヨタ自動車の編み出したシステムを基に 1980 年代にマサチューセッツ工科大学が体系化したものだ。
スタートアップとスモールビジネスの違いを次表に示す。
項目 | Startup | Small Business |
---|---|---|
成長方法 | J カーブを描く。成長したら,巨額のリターンを短期間で生むことができる。 | 線形的に成長。そこそこのリターンを着実に得ることができる。 |
市場環境 | 市場が存在することが確認されていない。不確実な環境の下で競争が行われタイミングが非常に重要である。 | 既に市場が存在することが証明されている。市場環境の変化は少ない。 |
スケール | 初期は少数だが,一気に多くの人に届けることができる。 | 少数から徐々に増やすことができる。少数のままで運用できる。 |
資金の出し手 | ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家 | 自己資金,銀行 |
インセンティブ | 上場やバイアウト(買収)によるストックオプション,キャピタルゲイン | 安定的に出せる給料 |
対応可能市場 | 労働力の調達・サービスの消費があらゆる場所で行われる。 | 労働力の調達・サービスの消費が行われる場所で限定される。 |
イノベーション手法 | 既存市場を再定義するような破壊的イノベーション | 既存市場をベースにした持続的イノベーション |
API エコノミー
API 公開によって自社だけでなく,他社のサービスも活用して広がっていく商圏(経済圏)。最も利用者の多い API エコノミーは Google Maps である。
- API(Application Programming Interface)とは,あるコンピュータプログラム(ソフトウェア)の機能や管理するデータなどを,外部の他のプログラムから呼び出して利用するための手順やデータ形式などを定めた規約のこと。
② 価値創出の三要素
技術の S カーブ
技術の進歩の過程を表すものであり,当初は緩やかに進歩するが,やがて急激に進歩し,成熟期を迎えると進歩は停滞気味になる。縦軸に技術進歩の度合,横軸に投資した費用や期間をとってグラフにすると,描かれる曲線が S 字になることからこのように言われています。
キャズム
ジェフリー・A・ムーアはキャズム理論において,利用者の行動様式に大きな変化をもたらすハイテク製品では,イノベータ理論の五つの区分の間に断絶があると主張し,その中でも特に乗り越えるのが困難な深く大きな溝を "キャズム" と呼んでいる。"キャズム" は,アーリーアダプタ(Early Adopters : 初期採用者)とアーリーマジョリティ(Early Majority : 前期追随者)の間に存在する。
従来にない画期的な製品やサービスが普及していく過程で,その普及をはばむ溝のこと。新しいものが好きなアーリーアダプタとアーリーマジョリティの間に溝があり,製品が広く普及するにはこの溝を超えるマーケティングが必要となる。
- イノベータ(Innovators = 革新者)
- 新しいテクノロジー製品を追い求める人で,いわゆるハイテクオタク(ギークたち)である。斬新なテクノロジーについての情報に敏感で,正式なマーケティング活動をはじめる前に情報を収集し,購入してしまうような顧客層である。当然であるが,絶対数は少なく,企業としての収益源にはなりえない。しかし,彼らの意見はマーケットに大きな影響力があるとされている。市場全体の 2.5 % 程度を占めるとされている。
- アーリーアダプタ(Earyl Adopters = 初期採用者)
- イノベータ同様に,ライフサイクルのかなり早い時期に新製品を購入する顧客層である。イノベータ同様に情報感度が高い特徴があるが,技術志向ではなく,新製品がもたらすメリット,目新しさなどに満足して購入する人々である。全体の 13.5 % を占めるとされている。
- アーリーマジョリティ(Early Majority = 初期多数者)
- テクノロジーよりもあくまで実用性を重んじる顧客層である。彼らは,新しいだけでは購入しないため,必ず,購入前に導入事例や利用者の声などをしっかり確認してから購入するタイプといわれている。アーリーマジョリティは,顧客全体の 34 % を占めるとされており,彼らをどうやって顧客として取り込むかが,最重要課題となる。
- レイトマジョリティ(Late Majority = 後期多数者)
- 基本的にアーリーマジョリティと同じであるが,新しいテクノロジーを取り入れることに多少なりとも抵抗感があり,できれば業界標準が確立されてから購入したい,と思う保守的な顧客層である。身近な例で言えば「周りの人がみんな使っているから,そろそろ自分も買ってみようかな」というようなタイプの人々。サポートや信頼性を重んじるため,大企業志向がある。こちらも全体の 34 % を占めるとされている。
- ラガード(Laggards = 動作の遅い人)
- 新しいテクノロジーが苦手なだけでなく,心理的にも嫌悪感を抱いている顧客層である。この層がハイテク製品を買うのは,見た目にハイテクっぽさがない場合や,ほかの製品と組み合わされているようなケースがほとんどである。全体の 16 % を占めるとされている。
死の後進(デスマーチ)
プロジェクトのマネジメントが適切に行われないために,研究開発の現場に過大な負担を強いて,プロジェクトのメンバが過酷な状態になり,失敗に向かってしまうことを死の後進(デスマーチ)という。
魔の川(Devil River)
魔の川(Devil River)とは,一つの研究開発プロジェクトが基礎的な研究(Research)から出発して,製品化を目指す開発(Development)段階へと進めるかどうかの関門のことである。この関門を乗り越えられずに,単に研究で終わって終結を迎えるプロジェクトも実際には多い。
死の谷(Valley of Death)
死の谷は,先進的な製品開発に成功しても,事業化するためには更なる困難があることを意味する。
死の谷を乗り越えられずに終わるプロジェクトも多い。事業化するということは,それまでの開発段階と比べて資源投入の規模は一ケタ以上大きくなることが多い。たとえば,生産ラインの確保や流通チャネルの用意である。だから,死の谷は深いのが当然である。
ダーウィンの海(Darwinian Sea)
ダーウィンの海とは,事業化されて市場に出された製品やサービスが,他企業との競争や真の顧客の受容という荒波にもまれる関門を指す。ここで,事業化したプロジェクトの企業としての成否が具体的に決まる。ダーウィンが自然淘汰を進化の本質といったことを受けて,その淘汰が起きる市場をダーウィンの海と表現したのである
魔の川,死の谷,ダーウィンの海という技術経営の 3 つの障壁のイメージを示す。
QCDE
製造業において,設計や生産時に重視される 4 つの要素の頭文字をとった言葉。
- Quality : 品質
- Cost : コスト
- Delivery : 納期
- Environment : 環境
③ 技術開発戦略の立案手順
コア技術
コア技術は,長年の企業活動により蓄積され,市場競争力の源であると同時に企業経営の核となる技術のことである。大きな経済的利益を生み出し,希少性があり,模倣されにくいという 3 つの要素の特長を有する技術が,コア技術と言える。
コア技術をもつ企業は,市場において持続的な優位性をもつことができる。また企業が展開すべき方向性が明確になるので,選択と集中の戦略により効率のいい投資効果を得やすくなるメリットがある。
共同研究
企業と大学との共同研究では,共同研究に必要な経費を企業が全て負担した場合でも,実際の研究は大学の教職員と企業の研究者が対等の立場で行う。
デザイン思考
デザイン思考(Design Thinking)とは,デザインしたサービスやプロダクトの先にあるユーザーを理解し,仮説を立て,初期の段階では明らかにならなかった第二の戦略や代替する解決策を特定するために問題を再定義する,一連の問題解決の考え方のことである。
デザイン思考はシリコンバレーの工業デザイン会社 IDEO(アイデオ)が発祥とされるが,これを体系化・汎用化してビジネスに広く利用できるように発展させたのは,米スタンフォード大学の「ハッソ・プラットナー・インスティテュート・オブ・デザイン」(Hasso Plattner Institute of Design),通称「d スクール」(d.school)である。
発端は 2004 年,IDEO の副社長のディビット・ケリー氏が,米ビジネス誌に「The Power of Design」と題した論文を寄稿したことに始まる。デザイン思考がビジネス・イノベーションにもたらす強力な作用を提唱したこの論文は,デザイン思考の定義を世界に知らしめる先駆けとなった。
デザイン思考とは「手法」ではなく,「マインドセット」(考え方)なのだ
(参考)デザイン思考の「総本山」ともいうべき,スタンフォード大学 d スクール
具体的なデザイン思考のマインドセットを以下に示す。
- マインドセット1 「デザイン」は課題解決の手段
- マインドセット2 顧客の立場になって考える
- マインドセット3 プロトタイプ志向
下図の「イノベーションに通ずる 3 つのレンズ」も,デザイン思考のマインドセットを端的に表すものとしてよく使われる。イノベーティブな解決策は,ヒトのニーズ(デザイアビリティ),経済的な実現性(バイアビリティ),技術的な実現性(フィージビリティ)が出合うところに生まれる。
IDEO はデザイン思考として基本的に 5 つの循環的ステップ(EDIPT)を定めている。よい解決策にたどり着くまで,この循環的ステップを永遠に回し続ける。
- Empathy : 理解・共感
- Define : 問題定義
- Ideate : アイデア出し
- Prototype : 試作
- Test : テスト
みなの頭の中のイメージを,具現化することが,まずは試作品の役割である。IDEO のトム・ケリー(Tom Lelly)は言う。
「荒削りな試作品をどんどん作る,が社風となったとき,見違えるほど多くのアイデアが具体化するようになる」(トム・ケリー)
アイデアは頭の中でも,机上でも,曖昧なままである。形にすることで,その概念が具現化する。
バックキャスティング(backcasting)
未来のある時点に目標を設定しておき,そこから振り返って現在すべきことを考える方法。地球温暖化対策のように,現状の継続では破局的な将来が予測されるときに用いられる。
PoC (Proof of Concept : 概念実証)
PoCとは,Proof of Conceptの略で,「概念実証」という意味である。新しい概念や理論,原理,アイディアの実証を目的とした,試作開発の前段階における検証やデモンストレーションを指す。
PoV(Proof of Value : 価値実証)
ある製品や技術,仕組みなどが,企業の業務や事業に導入する価値があるかどうかを検証することを「PoV」(Proof of Value)と呼び,日本語では価値実証,事業化検証,導入前検証などと訳される。
例えば,あるシステムを業務に導入するか否かを検討する際に,実際に短期間,一部の業務に試験的に導入してみて,既存の仕組みと優劣を比較したり,コストに見合った価値を得られるかを実証する。PoC は「実現可能か否か」が関心事であるのに対し,PoV では「ビジネス上の意義があるか」に注目する。
④ 外部資源活用戦略
TLO(Technology Licensing Organization)
大学や高等専門学校等における研究成果を特許化し,それを民間事業者に技術移転する法人のことである。大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(通称,TLO法)に基づいて,承認・運用が行われており,2019 年現在 34 機関が承認されている。
TLO 法に基づき,承認又は認定された事業者の役割は,大学の研究成果の特許化及び企業への技術移転の支援を行い,産学の仲介役を果たすことである。
大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律 第1条 目的
この法律は,大学,高等専門学校,大学共同利用機関及び国の試験研究機関における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進を図るための措置を講ずることにより,新たな事業分野の開拓及び産業の技術の向上並びに大学,高等専門学校,大学共同利用機関及び国の試験研究機関における研究活動の活性化を図り,もって我が国産業構造の転換の円滑化,国民経済の健全な発展及び学術の進展に寄与することを目的とする。
標準化戦略
ISO,IEC,ITU などの国際標準に適合した製品を製造及び販売する利点として,WTO 政府調達協定の加盟国では,政府調達は国際標準の仕様に従って行われることが挙げられる。
パテントプール
パテントプール(Patent Pool)とは,標準規格等に関して,複数の特許権者が保有する特許を持ち寄り,一括で効率よくライセンスする仕組みである。特許権者が各々管理する場合と比較して,① 複数の特許についてまとめてライセンス交渉できる,② パテントプールで一定の条件が定められるため市場価格の参考になり,③ パテントプールで定められた条件は市場価格に影響するなどの強みがある。
パテントプールの例としては,MPEG2,MPEG4,CODEX,WCDMA などの規格がある。
アイデアソン
アイデアソン(Ideathon)はアイデア(Idea)とマラソン(Marathon)を組み合わせた造語である。 新しいアイデアを生み出すために行われるイベントである。 主に IT 分野で使われている。 1990 年頃アメリカで使われ始めたと言われている。
ハッカソン
ハッカソン(hackathon)という言葉はハック(hack)とマラソン(marthon)を合わせた混成語である。ソフトウェア開発分野のプログラマやグラフィックデザイナー,ユーザインタフェース設計者,プロジェクトマネージャらが集中的に作業をするソフトウェア関連プロジェクトのイベントである。
ティアダウン
他社の製品を分解し,分析して自社商品と比較することによって,コストや性能面でより高い競争力をもった製品を開発する手法である。
技術開発計画
- 技術開発計画の目的,内容,考え方を修得し,適用する。
- ロードマップの目的,考え方,種類,特徴を修得し,適用する。
(1) 技術開発戦略
コアカレントエンジニアリング
コンカレントエンジニアリングは,設計から生産に至るまでの各プロセスを同時並行的に行うことで,開発期間や納期の短縮,および生産の効率化などを進める手法である。
(2) 技術開発のロードマップ
製品応用ロードマップ
製品のロードマップに従って製品を開発していく場合に,プロダクトライン開発を適用する利点は,品質が安定した資産を再利用していくので,品質が安定した製品を低いコストで開発できることである。
本稿の参考文献
- 『入門 起業の科学』(田所 雅之,日経 BP 社,2019年3月4日)