線路モデル

2019年1月作成,2022年12月11日更新

目次

雷過電圧解析や開閉過電圧解析に用いる線路モデルについて説明する。まず,線路定数,周波数依存効果の考え方について述べた後,分布定数回路について説明する。その後,線路モデル,多相線路について述べる。

線路定数

送電線路は抵抗,インダクタンス,キャパシタンス,漏れコンダクタンスの四つの電気定数となる連続した電気回路である。したがって,送電線路の電気特性を計算するには,この四つの電気定数の値を知る必要がある。この四つの電気定数を線路定数(line constant)という。

例えば,下図に示したように平面導体が張られているとする。円筒導体の半径が $r$ で高さ $h$ の位置にあるとする。また,平面上の空間は空気または真空であり,その透磁率および誘電率はそれぞれ真空の値 $\mu_0$ [H/m],$\epsilon_0$ [F/m] に等しいとする。電磁気学によると,この円筒導体の単位長当たりのインダクタンス $L$ [H/m],単位長当たりのキャパシタンス $C$ [F/m] は次式で与えられる。

\[ L=\frac{\mu_0}{2\pi}\ln \frac{2h}{r} \text{ [H/m]} \] \[ C=\frac{2\pi\epsilon_0}{\ln\frac{2h}{r}} \text{ [F/m]} \]
平面導体上の円筒導体(断面図)
平面導体上の円筒導体(断面図)

よって,伝搬速度 $c$ と サージインピーダンス $Z_0$ は次のようになる。

\[ c=\frac{1}{\sqrt{LC}}=\frac{1}{\sqrt{\mu_0 \epsilon_0}} \text{ [m/s]} \] \[ Z_0 = \sqrt{\frac{L}{C}} = \sqrt{\frac{1}{4\pi^2}\frac{\mu_0}{\epsilon_0}} \ln \frac{2h}{r} \text{ [Ω]} \]

ここで,真空の透磁率は $\mu_0 = 4\pi \times 10^{-7}$ [H/m],真空の誘電率は $\epsilon_0 = 8.854 187 817 \times 10^{-12}$ [F/m] であるので,上式に代入する。

\[ c = \frac{1}{\sqrt{\mu_0 \epsilon_0}} = 299 792 458 \approx 3.00 \times 10^8 \text{ [m/s]} \] \[ Z_0 = \sqrt{\frac{1}{4\pi^2}\frac{\mu_0}{\epsilon_0}} \ln \frac{2h}{r} \approx 60 \ln \frac{2h}{r} \text{ [Ω]} \]

よって,伝搬速度 $c$ は光速に等しい。

架空送電線の電気的定数

架空送電線では,可とう性などの理由から,一般により線が用いられるが,この場合,素線の実長は中心導体に比べて若干長くなるので,その分抵抗が大きくなる。この割合をより込み率といい,通常は 2 % 程度である。

電線(単導体)1 本の単位長当たりの作用インダクタンス

電線(単導体)1 本の単位長当たりの作用インダクタンス $L$ [mH/km] は比透磁率 $\mu_s$ ,線間距離 $D$ [m] ,電線半径 $r$ [m] として次式で表される。架空送電線の作用インダクタンスの値は 1 mH/km 程度である。

\[ L = 0.05\mu_s + 0.4605\log_{10}\frac{D}{r} \]

電線(単導体)1 本の単位長当たりの作用静電容量

電線(単導体)1 本の単位長当たりの作用静電容量 $C$ [μF/km] は比誘電率 $\varepsilon_S$ ,線間距離 $D$ [m] ,電線半径 $r$ [m] を用いて次式で表される。架空送電線の作用静電容量の値は 0.008 ~ 0.01 μF/km 程度である。

\[ C=\frac{0.02413\varepsilon_{S}}{\log_{10}\frac{D}{r}} \]

(参考)平面導体上の円筒導体のサージインピーダンス

円筒導体の半径 $r$ [mm],高さ $h$ [m] とサージインピーダンス(特性インピーダンス,波動インピーダンス) $Z_0$ [Ω] の関係は,下図のようになる。高さ $h$ [m]が大きいほど,円筒導体の半径が小さいほど,特性インピーダンスは大きくなる。ちなみに,耐雷設計ガイドにおいて,変電所の気中母線のサージインピーダンスは,350 Ω と推奨されている。また,架空線のサージインピーダンスは 300 ~ 500 Ω 程度であるともいえる。

平面導体上の円筒導体の特性インピーダンス

周波数依存効果

線路定数の周波数依存効果(frequency-dependent effect)とは,表皮効果[1](skin effect)のことである。表皮効果により,抵抗とインダクタンスの大きさが,周波数により変化する。

抵抗

周波数が高くなると,表皮効果により電流が表面に集まり,結果として導体中で電流が流れることができる断面積が小さくなることで,抵抗が大きくなる。

インダクタンス

周波数が低いときには,導体中に発生していた磁界が,周波数が高くなるに従って,電流が表面に集まることで外に押し出され,インダクタンスが小さくなる。

周波数依存効果を考慮したインピーダンス計算式

周波数依存効果を考慮して,不完全導体上に水平に張られた電線の大地帰路インピーダンスを計算する式は,Carson と Pollaczek により与えられている。この式では導体内部のインピーダンスは無視し,大地中のインピーダンスと電線と大地間の空間のインピーダンスとして,大地帰路インピーダンスを計算している。

周波数依存効果を考慮して,不完全導体である円筒導体の内部インピーダンスを計算する式は,Schelkunoff により与えられている。

いずれの計算も複雑であるため,周波数依存効果を考慮した線路定数を計算するプログラムがある。具体的には,EMTP における Line Constants や Cable Constants,XTAP における線路定数計算プログラム XTLC である。

(参考)表皮効果

交流電流が導体を流れるとき,電流密度が導体の表面で高く,表面から離れると低くなる現象のことである。周波数が高くなるほど電流が表面へ集中するので,導体の交流抵抗は高くなる。

電流の流れる部分の深さを $\delta$ [m] は角周波数を $\omega$ [rad/s] ,透磁率を $\mu$ [H/m] ,導電率を $\sigma$ [S/m] とすれば,次式で表される。

\[ \delta=\sqrt{\frac{2}{\omega\mu\sigma}} \]

分布定数回路

無損失線路

十分短い距離に対して,抵抗 $R$,インダクタンス $L$,キャパシタンス $C$,漏れコンダクタンス$G$ を集中的に存在すると仮定した分布定数回路(distributed constant circuit)の等価回路を考える。

ここでは,簡単のため抵抗 $R$,漏れコンダクタンス $G$ を無視した無損失線路(lossless line)を考える。

無損失線路
無損失線路

$\Delta x$ だけ距離が進んだときの電圧変化を $\Delta v$,電流変化を $\Delta i$ とすると,それぞれ次式が成り立つ。

\[ \Delta v = -L \Delta x \frac{\partial i}{\partial t} \] \[ \Delta i = -C \Delta x \frac{\partial v}{\partial t} \]

$\Delta x \rightarrow 0$ とする。

\[ \frac{\partial v}{\partial x} = -L \frac{\partial i}{\partial t} \] \[ \frac{\partial i}{\partial x} = -C \frac{\partial v}{\partial t} \]

上式は電信方程式[1](telegrapher's equations)と呼ばれる。空間を変化する電圧と時間変化する電流は線形関係,空間を変化する電流と時間変化する電圧も線形関係であることを意味する。

電信方程式より,電流 $i$ を消去する。

\[ \frac{\partial^2 v}{\partial t^2} = \frac{1}{LC} \frac{\partial^2 v}{\partial x^2} \]

ダランベールの解[2](d'Alembert's solution)より,電圧 $v(x,t)$ は次式で与えられる。ただし,$v_f$ と $v_b$ は任意の関数,$c$ は伝搬速度で,$c = 1/\sqrt{LC}$ である。

\[ v(x,t) = v_f(x-ct)+v_b(x+ct) \]

電信方程式より,電圧 $v$ を消去する。

\[ \frac{\partial^2 i}{\partial t^2} = LC \frac{\partial^2 i}{\partial x^2} \]

ダランベールの解より,電流 $i(x,t)$ は次式で与えられる。ただし,$i_f$ と $i_b$ は任意の関数である。

\[ i(x,t) = i_f(x-ct)+i_b(x+ct) \]

特性インピーダンス $Z_0=\sqrt{L/C}$ とすると,電流 $i(x,t)$ は次式のように変形することもできる。

\[ i(x,t) = \frac{1}{Z_0}\{v_f(x-ct)-v_b(x+ct)\} \]

(参考)電信方程式

歴史的には有線通信ケーブルの理論式として最初に利用されたことから電信方程式と名づけられ,また「波で説明される現象の基本式」として波動方程式とも呼ばれている。有線通信用ケーブル,同軸ケーブル,無線通信用導波管,光ケーブルなどの電磁波現象や光現象,また棒・パイプ・塔などの構造物に関する機械的現象など,これらすべての現象の理論的な起点となる重要な基本指揮である。

(参考)ジャン・ル・ロン・ダランベール

ジャン・ル・ロン・ダランベール(Jean Le Rond d'Alembert,1717 - 1783 年)は,フランスの哲学者,数学者,物理学者。

ジャン・ル・ロン・ダランベール
ジャン・ル・ロン・ダランベール
(出典)フリー百科事典『ウィキペディア』

線路モデル

瞬時値解析に使用可能な線路モデルについて述べる。

π 型等価回路

線路の抵抗 $R$ とインダクタンス $L$ を直列に接続し,線路のキャパシタンス $C$ については,線路の両端に半分ずつ並列に接続する。

π 型等価回路
π 型等価回路

$LC$ 振動により線路上の進行波を模擬するが,その精度はかなり粗い。また,実際に周波数依存効果により,周波数の関数となる $R$ と $L$ の特性を表現できない。ただし,線路定数として,ある周波数で算出しておけば,その周波数に限定された現象を模擬する場合には十分使用できる。

Bergeron モデル

無損失線路のダランベールの解から,線路両端の電圧・電流に関する関係式を導き,下図の等価回路で表現する。

Bergeron モデル
Bergeron モデル

無損失線路のダランベールの解は,以下のように与えることもできる。

\[ V = F_1(t-\frac{x}{c_0}) +F_2(t+\frac{x}{c_0}) \] \[ I = Y_0\{F_1(t-\frac{x}{c_0}) - F_2(t+\frac{x}{c_0})\} \]

ここで伝搬速度 $c_0=1/\sqrt{LC}$,特性アドミタンス $Y_0=1/Z_0=\sqrt{C/L}$ である。上式より,$F_2$,$F_1$ をそれぞれ消去する。

\[ V(x,t) + Z_0 I(x,t) = 2F_1(t - \frac{x}{c_0}) \] \[ V(x,t) - Z_0 I(x,t) = 2F_2(t + \frac{x}{c_0}) \]

$t-x/c_0$ あるいは $t+x/c_0$ が一定であれば,関数 $F_1$ あるいは $F_2$ の値は一定となる。線路長 $l$ の線路伝搬時間を $\tau = l/c_0$ とすると,無損失分布定数線路の両端において,次式が成立する。

\[ V_1(t-\tau) + Z_0 I_1(t-\tau) = V_2(t) - Z_0 I_2(t) \] \[ V_1(t) - Z_0 I_1(t) = V_2(t-\tau) - Z_0 I_2(t-\tau) \]

上記の 2 式を整理する。

\[ I_2(t) = \frac{V_2(t)}{Z_0} - \frac{V_1(t-\tau)}{Z_0} - I_1(t-\tau) = \frac{V_2(t)}{Z_0} + J_2(t-\tau) \] \[ I_1(t) = \frac{V_1(t)}{Z_0} - \frac{V_2(t-\tau)}{Z_0} - I_2(t-\tau) = \frac{V_1(t)}{Z_0} + J_1(t-\tau) \]

ここで,ノード 2 とノード 1 の等価電流源は次式としている。

\[ J_2(t-\tau) = -\frac{V_1(t-\tau)}{Z_0} - I_1(t-\tau) \] \[ J_1(t-\tau) = -\frac{V_2(t-\tau)}{Z_0} - I_2(t-\tau) \]

他ノードおよび自ノードの過去の影響が,自ノードの等価電流源として与えられているので,この等価回路ではノード 1 とノード 2 が分離され,独立な端子として扱える。また,瞬時値解析での取り扱いも容易である。

このモデルでは,進行波現象を再現できるが,線路の抵抗 $R$ を考慮できない。よって,実用的なモデルとして利用されることは少ないが,次に述べる一定パラメータ線路モデルや周波数依存線路モデルの基礎となっている。

一定パラメータ線路モデル

亘長 $l$,線路抵抗 $R$ の線路を模擬する場合,長さ $l/2$ の 2 つの線路要素に分割し,その分割点に線路抵抗の半分に相当する $R/2$ を,そして線路の両端それぞれに $R/4$ を挿入する。線路要素は,Bergeron モデルで模擬する。

一定パラメータ線路モデル
一定パラメータ線路モデル

$R$ と$L$ の値を一定値とする必要があるため,周波数依存効果を表現できず,ある周波数で算出した一定値の線路定数をセットすることになる。そのため,狭い周波数範囲の現象で,特に進行波現象を正確に模擬したい,例として雷サージ解析には有効なモデルである。

周波数依存線路モデル

周波数依存線路モデル(frequency-dependent line model)は,Bergeron モデルの等価回路に以下を付加する。

  • 伝搬に伴う波形変歪を模擬する伝達関数
  • 周波数特性を模擬する特性アドミタンス(特性インピーダンスの逆数)
周波数依存線路モデル
周波数依存線路モデル

前述したように,架空線,ケーブルのインピーダンスおよびアドミタンスは周波数の関数である。アドミタンスの場合,通常キャパシタンス $C$ は一定で,$Y=\text{j}\omega C$ の $\omega$ により周波数の関数となる。インピーダンスの場合,抵抗 $R$ およびインダクタンス $L$ そのものが周波数に依存する。

インピーダンス,アドミタンスの周波数依存性(frequency-dependence)のうち,通常の電気回路論では定数と見なされている抵抗 $R$ およびインダクタンス $L$ そのものが周波数の関数となる現象を周波数依存効果という。一方,$\omega L$,$\omega C$ の形で周波数の関数となる現象は周波数依存効果とはいわない。この $R$,$L$ の変化に伴うインピーダンスの周波数依存効果のため,線路上を伝搬する波形(進行波)の伝搬特性に関連する伝搬定数,特性インピーダンスあるいは変換行列などの定数も周波数に依存する。これを線路定数の周波数依存効果という。

周波数により変化する抵抗やインダクタンスの特性を考慮できるので,広い周波数範囲の現象,例えば開閉サージ性過電圧の解析に用いられる。

500 kV 送電線を相当の線路を想定し,IACSR 240 mm2 の 4 導体(導体間隔は 0.4 m)を高さ 28.5 m に設置し,周波数範囲が 0.1 Hz から 10 MHz で 400 点として線路モデルを作成した。線路モデル作成においては,大地抵抗率を 200 Ωm とした。特性アドミタンス行列 $\boldsymbol{Y}_0$ と伝搬関数行列 $\boldsymbol{H}$ を下図に示す。特性アドミタンス行列 $\boldsymbol{Y}_0$ は,周波数が高くなるにつれて大きくなる。一方,伝達関数行列 $\boldsymbol{H}$ は,周波数が高くなるにつれて小さくなる。伝達関数行列 $\boldsymbol{H}$ の位相角は 10 kHz を超えるとフィッティングできていないようにみえるが,10 kHz を超えると伝達関数行列 $\boldsymbol{H}$ の大きさは小さいので実用上の問題はない。

500 kV 送電線相当の特性アドミタンス
500 kV 送電線相当の特性アドミタンス
500 kV 送電線相当の伝達関数行列
500 kV 送電線相当の伝達関数行列

線路モデルの比較

下図に示す500 kV 水平配列 1 回線送電線の装柱で π 型線路モデル,一定パラメータ線路モデル,周波数依存線路モデルを作成した。π 型線路モデルと一定パラメータ線路モデルは,周波数が 50 Hz で線路モデルを作成し,周波数依存線路モデルは,周波数範囲が 0.1 Hz から 10 MHz で 400 点として線路モデルを作成した。いずれも大地抵抗率を 200 Ωm とした。

500 kV 水平配列 1 回線送電線の装柱
500 kV 水平配列 1 回線送電線の装柱

線路モデルを比較するための,解析モデルを下図に示す。交流電源として,線間電圧 500 kV(実効値)の電源,10 mH のリアクタンス,時刻 5 ms で投入するスイッチに前述の線路モデルを接続し,線路の終端における電圧を比較する。下図では 1 相のみを記載するが,実際には 3 相で解析を行っている。

線路モデルの比較
線路モデルを比較する解析モデル

周波数 50 Hz で作成した π 型線路モデル,一定パラメータ線路モデルと周波数依存線路モデルを比較する。一定パラメータ線路モデルと周波数依存線路モデルは,よく一致している。一方,π 型線路モデルと周波数依存線路モデルの解析結果の差は大きい。5 ms でスイッチを投入後,200 km の線路を投入サージが伝搬し,約 0.67 ms 後には線路の終端に到達する。周波数依存線路モデルによる解析結果は,5 ms + 0.67 ms で電圧が鋭く立ち上がっているのに対し,π 型線路モデルの電圧の立上りはなまっている。

線路モデルの比較(50 Hz)
線路モデルの比較(50 Hz)

周波数 1 kHz で作成した π 型線路モデル,一定パラメータ線路モデルと周波数依存線路モデルを比較する。一定パラメータ線路モデルと周波数依存線路モデルは,よく一致している。今回の解析モデルでは,周波数依存効果の違いはほとんどないため,周波数 50 Hz と周波数 1 kHz で作成する一定パラメータ線路モデルの結果は,ほとんど変わらないものと推察される。一方,π 型線路モデルと周波数依存線路モデルの解析結果の差は 50 Hz のときと同様に大きく,進行波を模擬できていないことがわかる。

線路モデルの比較(1 kHz)
線路モデルの比較(1 kHz)

線路モデルのまとめ

線路モデルの種類と模擬できることをまとめると,次表のようになる。

線路モデルの種類
抵抗とインダクタンス キャパシタンス 進行波 周波数依存効果
(表皮効果)
RL モデル
π 型等価回路
一定パラメータ線路モデル
周波数依存線路モデル

多相線路

これまで,1 本の電線路(単相線路)について述べてきたが,$N$ 本の電線からなる送電線の場合を考える。架空送電線を下図に示すような $N$ 相の分布定数線路でモデル化する。

N 相分布定数線路
N 相分布定数線路

多導線系の直列インピーダンス行列 $\boldsymbol{Z}$ と並列アドミタンス行列 $\boldsymbol{Y}$ の積からなる行列を $\boldsymbol{P}$ とする。

\[ [\boldsymbol{P}] = [\boldsymbol{Z}][\boldsymbol{Y}] \]

ただし,$[\boldsymbol{Z}]$,$[\boldsymbol{Y}]$,$[\boldsymbol{P}]$ は $n$ 次正方非対角行列である。

固有値の理論を上記行列 $\boldsymbol{P}$ に適用すると,非対角行列(off-diagonal matrix)$\boldsymbol{P}$ は次式の演算により対角化できる。

\[ [\boldsymbol{A}]^{-1}[\boldsymbol{P}][\boldsymbol{A}] = [\boldsymbol{Q}] = [\boldsymbol{U}](\boldsymbol{Q}) \] \[ [\boldsymbol{A}][\boldsymbol{Q}][\boldsymbol{A}]^{-1} = [\boldsymbol{P}] \]

ここで,$[\boldsymbol{Q}]$ は $n$ 次正方対角行列で行列 $[\boldsymbol{P}]$ の固有値行列(eigenvalue matrix),$[\boldsymbol{A}]$ は行列 $[\boldsymbol{P}]$ の固有ベクトル行列(engenvector matrix),$(\boldsymbol{Q})$ は固有値ベクトル,$[\boldsymbol{U}]$ は単位行列である。

固有値論の物理的意味

上式は行列 $\boldsymbol{P}$ が対角化されることを示している。行列 $\boldsymbol{P}$ は実線路の直列インピーダンス行列 $\boldsymbol{Z}$ と並列アドミタンス行列 $\boldsymbol{Y}$ の積であり,実際の空間(領域または座標系)で定義される量である。これらの行列 $\boldsymbol{Z}$,$\boldsymbol{Y}$ および $\boldsymbol{P}$ は多導体系の各導体間の相互誘導による結合(mutual coupling)を含む。このような空間を実領域(actual domain)あるいは相領域(phasor domain)といい,この領域における諸成分を実領域成分実成分:actual component)あるいは相成分(phasor component)と呼ぶ。実領域で多導線系の電圧,電流を解析するのは一般に困難である。これは,数学的には連立方程式に対応し,行列演算に帰着する。

一方,対角化された行列 $\boldsymbol{Q}$ が存在する領域をモード領域(modal domain)といい,モード領域での諸量をモード成分(modal component)と呼ぶ。このモード領域では,行列 $\boldsymbol{Q}$ が非対角項を含まないことに対応して相互結合は存在しない。これは数学的には $n$ 元連立方程式を $n$ 個の独立方程式に変換して解を求めることに対応している。したがって,解を容易に求められる利点がある。物理的にいえば,相互結合を有する $n$ 導体系は,相互結合を含まない $n$ 個の独立導体系に変換されることを意味している。ゆえに,モード領域では相互誘導に煩わされることなく,多導体回路を $n$ 個の単相回路として取り扱い,容易に電圧,電流解を求めることができる。

モード理論を用いる方法

固有値分解により,$n$ 本の相互結合を有する線路を,$n$ 本の独立した単相線路に分解して計算を行う。ここで,$n$ 組の相互結合を有する線路を,$n$ 組の独立した単相線路に分解する理論をモード理論という。次に述べる相領域法に比べて,計算効率が良いが,電圧変換行列や電流変換行列の周波数依存性を考慮できない欠点を有する。

実領域法または相領域法

多相線路を単相線路に分解せずにそのまま行列-ベクトル演算の形で計算を行う。モード理論を用いる方法に比べ,計算効率は良くないものの,線路の周波数依存性を完全に模擬できる。

参考文献

  1. 雨谷 昭弘 著,「分布定数回路論」,コロナ社,1990 年
  2. 道上 勉 著,「送配電工学[改訂版]」,電気学会,2003 年
  3. 長谷 良秀 著,「電力技術の実用理論 発電・送変電の基礎理論からパワーエレクトロニクス応用まで 第 3 版」,丸善出版,2015 年
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  5. 雷リスク調査研究委員会 発変電雷リスク分科会,「発変電所及び地中送電線の耐雷設計ガイド」,電力中央研究所 総合報告 H06,2012 年 9 月
  6. 野田 琢,「架空送電線のための線路定数計算プログラムの開発-固有ベクトル正規化アルゴリズムと大地帰路インピーダンスの近似式-」,電力中央研究所 研究報告 H04014,2005 年 5 月
  7. 野田 琢,「周波数領域分割法に基づく瞬時値解析用送電線モデル」,電力中央研究所 研究報告 H07005,2008 年 4 月
  8. 野田 琢 他,「電力系統の瞬時値解析・過渡現象解析手法の調査と XTAP による解析例(その 1 )-開閉サージ性過電圧の解析-」,電力中央研究所 研究報告 H12005,2013 年 6 月
  9. 平成27年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問5「架空送電線の電気的定数」
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